第2話 世界樹の一端

 屋敷を去ってから放浪し隣街にやってきた。

 理由は仕事を探すため。侯爵家から縁を切らされた以上、金銭の支援はない。

 両親たちは息子に最低限の資金も渡さずに追放したのだから、遠回しに野垂れ死ねと言っているようなものだ。

 両親の思惑通りにはいかせないと心に決めたが、そう簡単に働き口など見つかるわけもなく、唯一見つかったのは冒険者パーティの荷物持ちだった。


 それでも俺は僅かな希望に縋りつくが如く、荷物持ちの仕事に応募した。


「お前が荷物持ちのアルクか。ケッ、なんだその腰に携えてるは武器。ただの【木の枝】じゃねぇか」

「そんなんでよく冒険者の荷物持ちをやろうと思ったわね。これじゃあお荷物を持っているのと変わりないじゃない」


 武器を見るなり冒険者たちは嗤い、嘲り、それはもう好き勝手に言い放題だった。

 屋敷を去ったら少しでも自分を認めてくれる人間がいると思ったが大間違いだ。いや、この先俺を見る奴等は全員同じ反応をするだろう。

 特に冒険者は武器の強さに固執することが多い。彼らからすれば【木の枝】など子供が冒険者ごっこをするおもちゃに過ぎない。


「まあいい。いざとなればお前にも重大な役割を与えることになるかもしれないからその時は頑張ってくれよ」


 どんな? とは聞かなかった。聞いても答えてくれそうにないから。しかし、自分に良くないことだけは確かだ。

 俺は依頼場所に着くまで一言も喋らず、俯いたまま冒険者たちの後ろを追っていくだけだった。


 

  ◆ ◆ ◆



 あれから数時間が経ち、森のなかを突き進んでいた。

 依頼も既に折り返しのところまで来ている。順調にいけば失敗はしないだろう。


 だが、運命は時に残酷だ。


「──ッ! タイラントグリズリーだ!」


 荒々しい咆哮を上げて現れたのは三メートルを優に超える巨体であった。血走った瞳がこちらを見据え恐怖を与える。

 冒険者たちはこの巨体を見て怖じ気付いたのか武器を抜かずに如何にして逃げおおせるかを考えていた。

 そして、リーダー格の冒険者は俺を一瞥するや否や透かさず鞄を掴んでタイラントグリズリーの前に放り投げた。一瞬の出来事で何をされたのか理解するのに時間がかかった。


「悪く思うなよ。元々荷物持ちにしか役に立ってなかったんだ。最後くらい俺たちを生かすために役立ってくれや」


 悪魔のような高笑いを上げると冒険者たちは俺に目も向けず一目散に走って逃げていった。

 ああ、これがあの冒険者達が言っていたなんだ。


 どうせならもうこのまま死んだほうが楽になるのではないか。うん、きっとそうに違いない。


 振り上がるタイラントグリズリーの腕を目にし迫る死を実感する。すると走馬灯のように今までのことが脳裏に流れてきた。


 ろくでもない人生。自分が死んだところで誰も悲しむ人はいない。

 …………。

 いや、一人だけいた。その人は今頃他の兄妹に剣術や魔術を教えているのだろう。でも、その人だけは厄介者と言われていた俺にも関係なく接してくれた。家族からは受け取ったことの無い愛情まで貰っていた。


「そういえば……別れも言ってなかったっけ。最期に一度だけリオンに会いたかったな……」


 そう呟き、瞳を閉じた。


 ──視界が暗転し空を割く音が近付いているのがわかる。次に聞こえたのは地面を砕く大きな音だった。この威力だ、直撃は免れても被害は甚大だろう。

 だが、痛みがない。タイラントグリズリーが攻撃を外したとしても一撃は食らっているはず。

 死を覚悟していた俺が再び瞳を開けるとそこには土埃で影しか見えないがタイラントグリズリーの姿があった。


 おそらく自分の意思とは反して身体が反射的にタイラントグリズリーの重い一撃を回避したのだ。


「なんだよ……死ぬことすらビビって出来ないのかよ……。ほんと、腰抜けの自分が嫌になる……」


 この状況で逃げきれるなど到底思えない。どうせ死ぬなら戦って死のう。


 俺は【木の枝】を持ちタイラントグリズリーに向かっていった。


 俺の身体能力は決して低いわけではない。鬼教官のように鍛えてくれたリオンに徹底的にしごかれたのだから。

 これで武器がまともなものであればタイラントグリズリーにも勝算はあった。


 ──だが現実は甘くない。


 タイラントグリズリーが振り下ろす腕に迎え撃とうとするも【木の枝】の耐久力では無惨に打ち砕かれるのは自明の理。

 俊敏且つ凶悪な破壊力をもって【木の枝】は無造作に宙を舞い、威力を殺せなかった攻撃は俺の腹を直撃する。


 腹には五本爪が刺さり、骨は悲鳴をあげるようにひしゃげた音を奏でる。

 そのまま俺は一本の大樹に向かって投げ飛ばされた。只でさえ限界の身体に鞭で叩きつけられた衝撃が全身を襲う。


 もう声はでなかった。代わりに悔し涙が止めどなく溢れ出た。

 

 自分が何をしたっていうのだ。

 代々優れた武器を扱うことで名を馳せただけしか取り柄のない家系が、歴史だの何だのにとらわれて【木の枝】しか使えない自分を虐げる。

 両親に認められようとここまで努力した。なのにこの仕打ちはないだろう。


 だがそれもここまで。もうあの家族を見ることはない。


 薄れていく意識のなかで右手に何か握っていたのを感じた。

 ゆっくりと視線を移すとそこには片手剣ほどの大きさを持つ一本の〝枝〟があった。


「こんな時でも木の枝を握ってるなんてな……。どうやら俺は家族じゃなく木の枝に愛されているらしい……」


 皮肉を言いながらタイラントグリズリーがとどめを刺してくれるのを待つ俺だったが──


《〝世界樹との血の契約〟を確認。これよりアルク・オルガンを契約者と認めます。契約者の生命力が低下。〝世界樹ユグドラシル〟に契約者へスキル〝生命転換〟の譲渡を提案。承認完了、これより契約者の肉体修復を開始します》


 突然脳内に声が響いた。

 女性の声だ。いよいよ幻聴が聞こえてきたと死を悟る俺とは裏腹に傷だらけだった身体は無傷の状態になっていた。その代わり、まるで生命力を貰ったみたいに周囲にある草木は枯れている。


 回復したと同時に急激な眠気が訪れた。せっかく傷も癒えたのにこれじゃあ意味がない。


《契約者の戦闘続行不可を確認。再び〝世界樹ユグドラシル〟に契約者へスキル〝自動戦闘〟の譲渡を提案。一時的な使用許可を受理、これより脅威を排除します》


 

 ◆ ◆ ◆

 


 むくりと起きたアルクには意識が存在しない。その身体を動かしているのは右手に握る〝一つの枝〟だった。


 無意識のアルクは地を踏み込むと一瞬にしてタイラントグリズリーの間合いに入り込んだ。

 驚きのあまりぎょっとした表情をする巨体は何か別なものと戦っている気配を感じた。


 しかし、その時にはもう遅い。


 タイラントグリズリーは腹から横一杯に分断されていた。

 戦いの結末は意外にも呆気ないものである。


《戦闘終了。三度〝世界樹ユグドラシル〟に契約者へスキル〝養分吸収〟の譲渡を提案。承認完了、これより対象:タイラントグリズリーの養分を吸収します》


 意識がないアルクを操る【木の枝】は自身を逆手に持ち変え、死体となったタイラントグリズリーに突き刺した。


《スキル〝筋力増加〟を獲得。スキル〝豪腕〟を獲得。スキル〝感覚強化〟を獲得。スキル〝気配察知〟を獲得。スキル───》



 それは世界の何処かに存在する神の霊樹。

 生命力に満ちた霊樹は一生朽ちることはないと後世に語り継がれている。その一端である枝も同様に。


 そして、その霊樹の力を持つ武器は神にも届き得る存在であった。


《スキルの獲得を終了。これにて〝SS級武器【ユグドラシルの枝】〟の活動を停止します》

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