第6話 決闘
夏休みが明けてからはしばらく午前のみの短縮授業になる。
午後からは暇になるということで、矢来さんとも放課後に約束を取り付けた。
各々一旦家に帰ってから再集合ってことになったので、ひとまず帰宅した。
私は出不精ということもあって、用事がなきゃ家にいるタイプだ。もちろん、唯とかと遊びに行ったり、デートしたりはあるけれどそれ以外は基本在宅。
だから、他の女子高生と比べてあまり私服を着る機会がないように思う。調べたわけじゃないけれど。
だというのに、私は今、矢来さんに会うために服を見繕っている。
これは別に矢来さんのためではない。私のためだ。
素材からして別格の矢来さんと隣に立つのだから、少しは着飾らないと私の存在が消えてしまいそうだし。だから、学校用とは別にこうして一からメイクを施しているのも仕方がない。
「あれ、お姉どっか行くの。デート?」
私の部屋の前を通りかかった調が声をかけてくる。
「ちょっと決闘に」
「お、お姉がヤンキーに……」
「まあ、とりあえず行ってくるから」
「ああ、うん。夜ご飯は?」
「いると思うってお母さんに言っておいて」
「わかった。誰と闘うのかは知らないけど、頑張ってね」
「……ありがとう」
まさか調も、姉がキス対決をしてくるだなんて思わないだろうなあ……。
謎の罪悪感を抱きながら、妹の応援を受けたことだしそろそろ出よることにした。
待ち合わせ場所は駅前だった。私の最寄駅ではなく、矢来さんの最寄駅。
夏休みが終わっても、夏はまだまだ続いている。遠慮なく降り注ぐ太陽が、それを反射するアスファルトが、私を焼き焦がしていく。
出来ることならTシャツ一枚がいいけど、前述の通り私にはお洒落をする理由があるのでそうもいかない。襟首を引っ張たって扇ごうものなら服が伸びるし、ここは我慢だ。
矢来さんは、待ち合わせ時間ほぼほぼピッタリに顔を見せた。白を基調としたワンピースにサンダルと簡素な出で立ち。向日葵畑にいそうだな。
だけど、こういうシンプルな恰好は素材が良いからこそできる代物だ。私なら真っ白なワンピースなんて着れない。
対する私は、いわゆるコンサバ系。目つきが悪いのであんまりガーリーなのは似合わない。ホントは、そっちのほうが好きなんだけど。
「お待たせ、海道さん! 暑い中ごめんね」
「いや、今来たところだから」
「あはは、なんだかデートみたいなやり取りだね。それじゃ行こっか」
大陽に負けないくらい暑苦しい笑顔で矢来さんは笑う。
それから矢来さんは私の手を握った。こんなに暑いというのに、妙にひんやりとした手。
私よりもちょっとだけ手が大きいらしい。それでいて柔らかくしなやかで、翔也と手を繋ぐのとでは具合が違う。
「……って、これは何?」
握られた手を目線の高さに持っていって私は抗議する。
「うん? 海道さんがはぐれないように」
「私は子供か?」
「うーん、どっちかというと海道さんは大人っぽいよね。落ち着きがあって、憧れる!」
真っ直ぐと私の目を見て矢来さんは言う。
大人っぽい、か。外見だけなら矢来さんの方がよっぽど大人びているけれど。まあ、言動と行動があまりにも大人とは乖離しているが……。
「私が大人っぽいんじゃなくて、矢来さんが騒がしいんだと思う」
我ながら棘がある言葉な気もしたけど、矢来さんに落ち着きがないのは事実なのでここは諌めるためにも言っておいた。
「よくお母さんに言われる!」
「なら改善してよ……」
「鋭意努力中だね」
そんな満面の笑みで言われても信憑性のかけらもないわ。
結局、私の抵抗虚しく何故か矢来さんに手を引かれる形で目的地に向かって歩き出した。
「わたしの家、ボロっちいけどあんまり気にしないでね」
「ええと、お構いなく……」
私は目下、魔王城もとい矢来さんのお宅にお邪魔しようとしていた。
理由は単純。キスをするのに野外は嫌だという私の要望。
私の家は妹がいるし、カラオケとかはなんかこう、嫌だった。
それを矢来さんに伝えると、なら私の家に来なよということで、いきなり敵陣のど真ん中に潜り込むことになったのだ。
ぶっちゃけ滅茶苦茶ビビッていた。取って食われて、監禁とかされたらどうしよう。
「はい、着いた!」
矢来さんが元気よく宣言する。目の前には、築年数がまあまあ経ってそうな三階建てアパート。だけどボロっちいってほどでもない。
でも、たしかに矢来さんのイメージとはちょっと違うなと思ったのも嘘ではない。
勝手な理想の押し付けはよくないけど、やっぱり矢来さんはどこかのお嬢様みたいで。だから家もそれに相応しいものだと、心のどこかで思い込んでいた。
カツカツと鉄製の螺旋階段を登り、二階の角部屋の前へ。
矢来さんが鍵を外して扉を開いた。
「散らかってるけど、どうぞ」
「お邪魔します」
さながら敵地に突撃をする軍人の心持ちで、私は矢来家に足を踏み入れた。
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