第27話 見崎優という少女

「ええと、お姉様?」


 急に黙りこくってしまった私に、端正な美少女が訝しげに声をかけてくる。

 だけど返事ができない。虚を突かれるとはこういうことを言うんだろう。

 衝撃だけなら、矢来さんにキスをされた時よりも大きい気がした。


「……やっぱり、ダメかな」

「かもしれませんね」


 放心状態の私を置いて、調と少女は何かを話している。



「それでも、一応説得はしてみましょう」

「うん。ごめんね、優さん……」

「いいえ、調は心配しなくていいのよ」


 少女は優さんと調に呼ばれている。つまりあれか、この子が調の恋人なのか。

 

「初めまして、お姉様。私は見崎優と言います。調さんとは恋人としてお付き合いをさせていただいております」


 見崎さんはそれはもう美しい所作で自己紹介をする。自然な笑みにピシッと伸びた背筋、育ちの良さが見て取れた。


「……とりあえず、立ち話はなんですし移動しましょうか」

「あ、はい」


 と、私がやっとのことで発した言葉は間抜けな返事だった。




 カフェまでの道中、歩いていると少しずつだけど冷静になってきた。

 見崎さんがこの前矢来さんと一緒にいた子だということに引っ張られ過ぎて失念していたけれど、調の恋人は女の子らしい。

 だけど、ぶっちゃけそんなことはどうでもよかった。突き放すような言い方にはなるけれど、調の性趣向は私に関係のない話だ。

 調と見崎さんは私の数歩前を歩いている。ちゃんと手をつないでいるあたり、本当に付き合っているんだろう。

 調が見崎さんを見つめる視線は熱っぽく、本当に好きなんだなとありありと伝わってくる。

 見崎さんは……なんか若干獣みたいな目付きで調に笑いかけている。お嬢様然しているけど、結構情事には慣れているのかもしれない。

 ものの数分で目的地であるカフェについた。冷房の効いた店内に入り、そこでやっと外が暑かったことを思い出した。それ程までに私は動転していたようだ。

 前も見た店員さんに案内され席についた。私と調が隣り合い、調の正面に見崎さんという形。この方が二人で分け合いとかしやすいだろう。


「調は何にしますか?」

「えっと、私は」


 調と見崎さんは仲良くメニューを二人で覗き込む。しばらくして、二人はブルベリーとチーズに決めていた。調が悩んでいた二択を、見崎さんが片方を受け持ったようだ。恋人みたいなやり取りだ。実際そうなのだけど。

 店員さんを呼んで、私は何かを食べる気分にはなれずコーヒーだけを注文した。

 オーダーを取って下がった店員さんを見送ってから、私は切り出す。


「さっきはごめんね、ちょっと取り乱しちゃって。私は、まあ調から聞いてるだろうけど、姉の律ね。見崎さんの一個上」

「ええ、調……さんからお姉様のことはよく聞いてます」


 本人は真剣なんだろうけど、見崎さんの口ぶりに思わず笑ってしまう。

 

「私、変な事言いました?」


 私が噴出したのを見て見崎さんが心配そうに聞いてきた。


「いや、お姉様だなんて初めて呼ばれたから。あと調のこと呼び捨てにしてるんでしょ? なら普段通りで大丈夫よ。私のことも名前でいいし」

「わかりました。では律さんと呼ばせていただきます」


 淑やかに見崎さんが笑う。寸分のミスもなく配置された顔のパーツを見ていると、お人形にしか見えない。中身綿だったりするんだろうか。

 

「それで本題なんですが……」

「本題?」

「律さんにお願いがあります」


 笑みを引っ込めた見崎さんが切り詰めた表情で私を見る。眉を顰め、上目遣いだ。何かを懇願されているんだろうけど、そんな顔をされると悪いことをした気分になってしまう。


「私と調についてです」

「ああ、うん。それは知ってるけど……。お願いって何?」

「大切な妹さんをたぶらかされて腹が立つのはわかります。それに相手が女だなんて、受け入れがたいことも承知の上です」

「えっ、えっ、なになに」


 急にまくし立ててくるものだから、思わずきょどってしまう。


「ですが、私は本気です。半端な気持ちで調に手を出したわけでありません」


 それは目を見たらわかる。それより、どうして突然そんなことを言い出すのかが気になった。

 熱弁をする見崎さんを見て当の調は顔を赤くしてウットリとしている。温度差がすごい。

 

「ですから、律さんには認めていただきたいと思っています」


 見崎さんはそう言って言葉を締め、フッと息をついてからお冷を口に含んだ。

 そこで気が付いた。

 見崎さんはどうやら私が二人の付き合いを認めないと勘違いしているようだ。

 原因は多分、待ち合わせの時に私が取り乱してしまったからだろう。


「えっと、認めるっていうのは、二人の関係をってことでいいのよね?」


 それ以外に何があるんだという話だけれど、大切なことなので確認をしておく。

 見崎さんはしっかりと頷いた。その目はまっすぐに私を捉えている。逃げることなく、正々堂々と調と付き合いたいという意思の表れだろうか。

 だけど、そんなに真剣な表情をされても困る。


「なんというか、語ってもらったところ悪いんだけど……」

「やっぱり、ダメですか?」


 やはり、見崎さんは私が反対すると思っている。

 なら、その勘違いは早急に解くに越したことはない。


「ううん、むしろ逆。私が二人の関係についてとやかく言うことはないわ」

「ほ、本当ですか?」


 ガタリと椅子から立ち上がり、前のめりになって見崎さんは聞いてくる。

 今日初めて、見崎さんが年頃の女の子であるところを見た気がした。やけに落ち着き払っていたから、年下であることを忘れかけてしまいそうになる。

 だけど、すぐに見崎さんは我を取り戻して失礼しましたと小声で言いながら座りなおした。


「よかったです、律さんがご理解のある方で」

「同性愛に?」

「ええ。私たちの世代ならそこまでかもしれませんが、やっぱり偏見の目は付き物ですから。それとも、妹さんだから特例でしょうか?」

「いや、そういうわけでもないよ。誰と恋愛するかなんて、個人個人が決めることだし」

「ふふ、ですよね」


 そう言って見崎さんは笑った。まるで、理解者を見つけて喜んでいるように。

 きっと苦労してきたんだろう。見崎さんの笑みからはそれが読み取れた。

 

「だけど安心した。調が突然恋人に会ってもらいたいって言うから、どんな人を連れてくるのかと。てっきりヤンキーとかそういうのかと思ったわよ」

「あら調。私が女だって伝えてなかったの?」

「……忘れてた」


 調が気まずそうに目をそらす。

 そんなことだろうとは思っていた。

 つまるところ、恋人が出来た件を両親に話していいかと私に相談してきたのは、お相手が同性だったからだ。たしかに反対されるかも、と心配になるのも無理はない。


「それでお姉、どうかな。お母さんとお父さんはどう言うと思う?」

「さあ……。ぶっちゃけ未知数よね」


 きっと声を上げて反対はされないだろう。子供の恋愛とはいえ、自主性は尊重してくれる人達だ。だけど、良く思われると考えるのは都合がよすぎる。内心ではショックを受ける可能性だってある以上、迂闊な事はできない。

 そこら辺の折り合いをつけられるかどうかは、実の親のこととはいえ知りようがない。


「ひとまずは伝える必要はないんじゃない? 言っても学生同士の恋愛だし」

「本気だもん」

「本気かどうかは関係ないわよ。親からすれば、子供のことに変わりはないから」

「うん……」


 それでも調は何か納得がいかないように唸る。


「大人になって、同棲とかするパートナーになってからでも遅くはないと思うけどね。もちろん、お母さんとお父さんに隠し事をする罪悪感があるのはわかるけど」

「まあ、それが普通ですよね。私も調にそう言ったんですが」

「だって、優さんと付き合うことを悪いみたいに言うのは嫌だから……」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけどね」


 困ったような、それでいて嬉しそうに見崎さんは笑った。

 見崎さんは私と同じく今は黙っていればいいという立場らしい。

 それは転じてみれば、調とは末永く付き合っていきたい意思の表れともとれる。

 調は多分、それに気がついていない。目の前しか見えていない。中学三年生で、初めて出来た恋人だから仕方がないのだけど。

 

「とりあえず、友達として見崎さんをうちに連れて来たら?」

「お二方のご両親に媚を売るのですね?」

「言い方はあれだけど、そういうことね」

「任せてください。私、年上には可愛がられやすいので」

「なんかわかる」


 実際、私も随分懐柔されてしまった。調に手を出したのはどこのどいつだと思っていたのに、今やそんなことは忘れた。

 見崎さんになら、調を預けても問題ないと言い切れるほどに手懐けられてしまった。


「調もそれでいいかしら?」


 見崎さんが調に語りかける。

 視線を一度机に落として、再度顔を上げた調は、


「……優さんがそれでいいなら」


 と渋々ながらに頷いた。

 ひとまず話が落ちついたところで、店員さんがパンケーキを運んできた。私にはアイスコーヒーが提供される。

 パンケーキが目の前に配膳された調は、目を輝かせていた。


「話も一区切りしましたし、いただきましょうか。……調が我慢できなさそうですし」

「そうね」

 

 私が同意すると、見崎さんと調は行儀よく手を合わせて、いただきますと言ってからフォークとナイフを手に取ってパンケーキに手を伸ばした。

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