第28話 過去

 二人で仲良くパンケーキを分け合っている調と見崎さんを見ていると、これこそがカップルのあるべき姿なんだろうなと思う。


「ほら、調。あーん」

「あ、あーん」


 調は私の方をチラチラと見ながらおずおずと口を開き、見崎さんの差し出すフォークを迎える。実姉に恋人とイチャイチャしてるところ見られるのが恥ずかしいんだろう。そりゃそうだ。

 対して見崎さんは遠慮がない。なんというか、慣れているような気がした。その行動一つ一つに無理している様子が見て取れない。

 やはり、あれが理由なのだろうか。

 矢来さんに手を引かれていた見崎さん。もしかしたら見間違いの可能性がある。そうじゃない可能性だってある。

 もっと言えば、見崎さんが矢来さんともそういう関係な可能性だって……。

 なんて考えるのは飛躍しすぎだ。こうして話している限り、見崎さんがそんな不貞を働くとも思えない。

 だけど、気になるものは気になる。

 とりあえず、探りを入れてみることにした。


「そういえば、見崎さんと調ってどこで知り合ったの? うちの中学だったり?」


 私と調は二人とも地元の公立中学だ。だけど、この問いはきっと否定される。

 食べる手を止めて、口の中から物が完全になくなってから見崎さんは口を開いた。


「いいえ、私はマリ女――でわかります? あそこ出身で、今も高等部に在籍しています」

「マリ女! お嬢様だ」


 と驚いたふりをしておいた。しかし私は、見崎さんが矢来さんといた時にマリ女の制服を着ていたことを知っているのでこれは確認に過ぎない。


「いえ、今はそんなことはありませんよ?」

「だけど、優さんはお嬢様ですよね」

「別にそこまでではないけれど、親がね」


 鼻にかけるでもなく、かと言って謙遜するでもないあたり本当に実家が太いんだろう。


「それで、そんな二人がどこに接点を? 普通に過ごしてたら、マリ女の人と知り合う機会なんてそうそうないけど」

「えっとね、優さんが私に声をかけてきたの」

「……ええと、ごめん。それだとわからない」

「でも、実際そうだし……。ちょうどここの駅前で友達待ってたら、優さんが話しかけてきてね。一緒にお茶でもいかが? って。その時は、私の友達が来たからすぐに別れたんだけど、優さんが別れ際にラインのID渡してきて。そこからやり取りするようになってって感じ」


 見崎さんはうんうんと頷きながら調の回想を遮ることなく聞いている。つまりそれは事実らしい。

 

「それって」


 俗に言うナンパでは? とは、流石に口に出せなかった。だけど、そうに違いない。

 駅前にいた面識のない女に声をかけ、用事があると知るやいなや連絡先を渡して。

 これをナンパと呼ばずしてなんと呼ぶのか。少なくとも私の辞書に該当する言葉は他にない。


「な、なんというか、見崎さんは積極的ね?」


 としか評しようがなかった。精一杯オブラートに包んでこれだ。


「広場で一人佇む調があまりにも可憐だったので」

「もうっ、優さん」

「……」


 もしかしたら、私は見崎さんに対する評価を改めた方がいいのかもしれない。

 この調子だと、この子は見かけた顔が良い女にとりあえず声をかける習性があってもおかしくはない。

 矢来さんと一緒にいたのも、つまりはそういうことか?


「ああでも勘違いはしないでくださいね? 誰にでも声をかけている訳ではありません。調は特別可愛かったので」

「優さん! そろそろ恥ずかしい!}


 いやだから、それはつまり特別可愛ければ声をかけるって意味にしかならないのだけど。

 やたらと女の子の扱いが上手いのも、過去に経験があるからだろうか。

 女子校に通っているから女子との対人法は心得ているとはいえ、恋人としての接し方はまた別物のはずだ。

 ……これは、調抜きで話をした方がいいのかもしれない。


「そうだ、律さんも私と連絡先交換してくれませんか? 色々お話ししたいこともありますし」

「うん、いいよ」


 私が動く前に、見崎さんから持ち掛けてくれたのでもちろん承諾する。

 ラインのQRを表示して見崎さんに向ける。それを読み取った見崎さん。画面上に友達として追加されたメッセージが表示された。

 見崎さんのアイコンは調とのツーショットだった。ラブラブだ。調のアイコンはもっと普通だったはずだけど。


「もしかしたらご相談とかさせてもらうかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

「いつでも気軽にどーぞ」


 その前に私から切り込むことにはなるのだろうけど。ひとまず、今日の目標はクリアだ。

 調の恋人がどんな人であるかはわかった。

 予想外だったのは、あの日矢来さんと一緒にいた女の子であったこと。それぐらいだ。

 少なくとも表立って悪い子ではないのはわかる。だけど、全くもって裏がなさそうかと言えばそうでもない。人間一つや二つ裏の顔は持ち合わせているものだ。

 だけど、それを探るのは果たして誰のためなんだろう。

 調を守るため、というのは体のいい言い訳にしかならない。

 なら、私のため? でも、私が見崎さんについて知ってどうなるのか。ましてや矢来さんとの関係を暴いてどうなる?

 ただの中学時代の友達かもしれない。というか、それが一番可能性として大きい。

 だとしたら、私は何を危惧して、何を心配しているのか。

 私は見崎さんに……それから矢来さんに何を求めているのか。

 それは私自身にしかわからないのだろうけど、残念ながら私にもわかりそうにもなかった。

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