第29話 偶然は必然
パンケーキを食べ終え、カフェを後にした私たち。
「じゃ、私は先に帰るから。見崎さんも、またね」
時刻はまだ昼過ぎ。休日はまだ続く。
カップルには二人の時間も必要だろうと、私は一足早く別れることにした。
「はい。今日はご足労いただきありがとうございました」
見崎さんはペコリと礼儀正しく会釈と共にそう言った。
では、と見崎さんは再度一礼してから調と連れたって歩いていった。見崎さんの家はどうやらこの辺にあるらしく、二人でお家デートと洒落込むとか。
仲良く腕を組んで去っていく背中を見送って、私も駅へ向かって歩き出す。
カップルとは通常ああいうものを指すんだろうか。そう思うと、私と翔也の関係がいかに歪なのかわかる。
翔也がワンステップ進もうと迫ってくるのも無理ないことなのかもしれない。
だけど、あの日矢来さんが止めていなかったら私はどうなっていたか。
考えたくもない。
だとすると、私は矢来さんにキスしてきた件について謝罪を求めていたが、あれは間違いだったかもしれない。感謝こそすれど謝罪を求めるのは……。
いや、キスする必要はどこにもなかったはずだから、やっぱり謝ってほしい。未だに謝罪の言葉をもらえていないし。
都心程ではないにしろ、近辺では栄えている街であるだけあって駅前はそれなりに混雑している。家族連れ、友人同士、カップル、私みたいなボッチと様々だ。人の間をするすると抜けて駅構内を目指す。
私は元来一人が嫌いではない。だから、寂しいとかそういった感情とは無縁のはずだ。だとしたら、なんだろうこのやるせなさは。
わからない。最近はわからないことだらけだ。
悩んでいる時はあまり自己分析をしない方がいいと聞く。ど壺にハマってしまうからだろう。とはいえ、疑問を疑問のまま放置するのも虫の居所が悪い。
「あーっ!」
喧騒の中から大きな声。家族連れも多いから子供が騒いでいるんだろう。そう思って目もくれずに改札へ向かう。
「ちょ、ちょっと待って! 海道さん!」
呼ばれてますよ海道さん。ん、海道……?
奇しくも私の名字は海道だ。珍しいこともあるんだなと関心しかけたけれど、私は親戚以外に海道さんにお会いしたことがない。名字検索サイトで以前調べたところ、日本におおよそ千人程しかいないとか。
つまり、呼ばれているのはほとんどの確立で私ということになる。
誰だろう、こんな道のど真ん中で人を大声で呼び立てるなんて。
だけど、予想はついていた。
だから私は振り向きざまにこう言った。
「ちょっとは静かにしたら? 矢来さん」
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