第26話 お前もか

 それからというもの、矢来さんは相変わらず学校では私に話しかけてくることはなかった。あの子は今までと変わらず、一人の学校を過ごしている。

 だけど、ラインでは普通に連絡をしてきていた。それも用事がある風ではない。他愛のない雑談だ。

 そんなに話したいことがあるのなら、直接声をかけてくれればいいのに。

 まあ、私も私であの日のことを聞けないままでいるのだけれど。

 矢来さんに手を引かれていた少女。思い返せば、大層な美少女だった。

 そして、これが一番の重要情報だけど、彼女が着ていたのはマリ女高等部の制服だったはずだ。

 あの瞬間は気づかなかったが、落ち着いてから調べてみるとすぐに判明した。

 中学時代の友人だろうか。矢来さんがマリ女ではなくうちの高校に進学したのには何からしらの理由があるはずだ。わざわざ学校を変えているのだから、それもあまり良くない理由が。

 にもかかわらず、家に招き入れるということは、彼女は矢来さんにとってそれだけ大きな存在なんだろう。

 私は当然ながら矢来さんの中学時代のことは知らない。

 だけど、例の少女はそれを知っている。

 そこにどうしてか敗北感を覚えてしまう。


「お姉、準備できたー?」


 おめかしをした調が私の部屋に入ってくる。顔にはメイクも施されていた。というか、私がいじったんだけど。

 傍から見ても準備万端な調は私を見て、


「って、まだパジャマだし! もーっ、早く着替えてよ」


 と喚き始めた。悪いのは私なので、何も言い返せない。

 今日は可愛い妹である調に初めてできた恋人と顔合わせをすることになっている。

 学生同士の恋愛だというのに、どうしてそんな結婚前の挨拶を……って感じだけれど、とうの調は至って真剣だったので受けざるを得なかった。

 けれど、私は今日もイマイチ思考がシャキッとしない。今だって、こうして妹に急かさるようにして着替えをやっと始めたところだ。ここからメイクもすることを考えると、時間の猶予はあまりない。

 それでもわずかな気力を振り絞って準備を終えた。

 調と二人そろって家を出る。両親には単にお出掛けと伝えてある。元々調とは仲が良いので何も疑われることなく見送られた。


「私がこの前行ったカフェなのよね?」

「うん! お姉が買ってきてくれたお土産の話をしたら、優さんも食べてみたいって」

「ふぅん」


 何の巡り合わせか、顔合わせは私が先日唯と行ったカフェになったそうだ。

 パンケーキを食べたいだなんて、お相手も中々可愛いらしいところがある。今時、スイーツ男子なんて珍しくもないんだろうけど。と、考えてから翔也が甘味を好きかどうか知らないことに今更ながらに気づいた。一年も付き合っているとは思えず、我ながら笑ってしまいそうになる。

 最寄りから電車で二駅。もはや駅前の光景が馴染み深くなってきていた。


「あ、優さんもう来てる」


 駅前のこぢんまりとした噴水広場に来るなり調が言った。

 つられて私もそちらに目を向けて、その人物とやらを探す。

 明らかに人待ちをしていそうなのは四名ほど。

 サラリーマン、品のよさそうな女の子、地元のヤンキー、主婦。

 ……えっ、どっち? サラリーマンなの? ヤンキーなの? 

 どっちでも嫌なんだけど。けど、そもそも相手は高校一年生と言っていた。その年代っぽいのはヤンキーしか該当しない。

 

「優さん、お待たせしました!」


 調が駆け出す。やはりそのヤンキーの方へ向かって。

 衝撃か恐怖か、私の足はついていかない。

 覚悟していたことではある。両親に伝えて大丈夫か見定めて欲しいと調は言っていたのだから、それなりに攻めた人物なのは予想していた。

 それにせっかく妹に出来た恋人だ。よく知りもしないうちから悪く言うのは野暮だと思い、こうして顔合わせに来た。

 それなのに、いざ目の当たりにしてしまうと心が竦んでしまう。私はこれからどんな顔をして今日を乗り切ればいいのか。


「お姉……ちゃん。早くー」


 調が私を呼んでいる。

 私は表情を上手く作ることができず、俯いたままおずおずと二人の元へ歩みを進めた。

 

「こちらが私の姉です」


 調が私を相手に紹介している。いい加減に顔を上げて挨拶をしないと失礼だろう。

 観念して目線を正面に向けた。

 

「どうも、調がお世話になって……」


 言葉の途中で詰まってしまう。

 だって、仕方がない。

 急に声を失った私を不思議そうに見ているは、先日矢来さんに手を引かれていたあの女の子だったのだから。

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