第11話

 議論が平行線に打ち上げられてしばらくしてから。ドンドンと、襖を叩く音がした。

 矢来さんが返事をすると開く。そこには矢来さんのお母さん。


「律ちゃん、お家はこの辺?」

「えっと、電車で二駅ですね」

「ならまだ大丈夫か……。よかったら、今晩うちでご飯食べていく?」

「うぇっ」


 変な声が出た。いやだって、初めてお邪魔した家でご飯だなんて。

 ぶっちゃけお断りしたい。したいのだけど、この手の誘いって断りづらいからなあ……。


「お母さん、偉そうに言ってるけどご飯作るのわたしだよね」

「ええっ!?」


 さらに変な声が出た。矢来さん、お料理出来るの? 意外過ぎる……。

 そう考えていたのが顔に出ていたのか、


「あっ、海道さん、その顔はわたしに料理なんて出来るのかって疑ってるね?」

「……まあ、思ってる」

「よーし! 海道さんに目に物見せてあげる!」


 目に物見せるは見返すって意味ではないけど……。

 私の返事を聞くこともなく矢来さんは腕をまくりながら部屋から出ていった。

 残されたのは私と、矢来さんのお母さん。


「……えっと、じゃあご相伴にあずかります」


 家を出るとき、調にご飯いるって言ったな……。あとで連絡しておかないと。


「はーい。なら、リビングにおいで」


 言われるままに移動する。やはり、こちらの部屋も私の家よりも狭い。

 矢来さんの立つキッチンも、システムキッチンとは呼べない古風なもの。

 髪を後頭部で結び、エプロンを着た矢来さんは新妻にしか見えない。やっぱり、黙ってればいい女だな……。

 私は矢来さんの料理の腕を懐疑的に思っていたけれど、どうやら本当にできるようだ。

 慣れた手つきで手を進める様を鑑みるに、普段からキッチンに立っているのだろう。私とは大違いだ。

 なんだか後ろで傍観しているのも申し訳ないな。


「矢来さん、何か手伝うことある?」

「ううん。海道さんはお客さんなんだから、ゆっくりしてて」


 手元から視線を外すことなく矢来さんは答える。


「そう……」


 まあ、矢来さんのことだから邪魔すんな、なんて意味は全く含んでいないんだろう。だけど、やはり戦力外通告されたのには違いない。結局、手持無沙汰のままだ。

 矢来さん、何作ってるんだろう。料理なんてしないから、見たってわからない。


「律ちゃんも料理しない族?」


 矢来さんの背中をボーっと眺めていたら声をかけられた。

 目線をやると、矢来さんのお母さんは既に缶ビールを呷っていた。よく見れば、手元には冷奴。これも矢来さんが作ったのかな。


「そうですね。料理はからっきしです」

「面倒だものねえ」

「え、ええ……」


 矢来さんのお母さん、さっきはきりっとしていた格好良かったんだけど、こういっちゃなんだが今は見る影もない。けど、この方が矢来綴の母親感はある。我ながら滅茶苦茶失礼だな。


「お母さんが忙しいから矢来さんがお料理を?」

「まあ、きっかけはそうね。でも、気が付いたらあの子、率先して台所に立つようになって」

「お母さんのご飯美味しくないんだもん!」


 私たちの会話を聞いていた矢来さんが叫ぶ。あまりに明け透けな言い分に私はどんな反応をすればいいのかわからない。笑ったらお母さんに失礼だしな……。

 と思っていたら、肝心の矢来さんのお母さんが爆笑していた。


「って言われてね! まあ、たしかに? 自分でも微妙だなあとは昔から思ってたんだけど」

「は、はぁ……」

「旦那に逃げられたのも、今になって思えばメシマズが原因だったのかしら? なんてね」


 言って、ビールを呷り笑い始めるお母さん。

 ……この二人、やっぱり親子だ。

 見た目もそうなんだけど、メンタリティが似通っている。

 他人が死ぬほど口を挟みづらい話題を当たり前のように繰り広げるあたりが、本当に一緒すぎる。

 というか、初対面のよその家の子供に旦那がどうこうって話する? いくらなんでも、うまい返しは思いつかない。


「もうお母さん、そんな話海道さんにしたってしょうがないよ?」


 そんな私に助け舟。まさかの矢来さんが常識を持ってお母さんを諫めてくれた。

 もしかして、娘の方がまともなのか?


「海道さん、ご飯よそってくれる? お母さん、こうなったら動かないから」

「あ、うん。お茶碗どこ?」

「あの食器棚の中だよ」


 見かねた矢来さんが私に仕事を与えてくれたので、有難く頂戴する。

 立ち上がり、キッチン横に設置されたラックにある炊飯器へ。私を含めて三人しかいないはずのに、炊かれているお米は多い。四人家族のうちよりも量がありそうだ。

 茶碗に適当に米をよそっていく。矢来さんとお母さんがどれくらい食べるかは知らないけど、二人とも女性だしこんなものだろう。

 と、思ったのだけど。


「海道さん、どうしてお米それだけ? もっとガーって入れたらいいのに」


 横からひょっこりと顔を出した矢来さんが、お茶碗を覗き込んで言う。


「えっ、いや、こんなもんじゃないの?」

「あー、いや律ちゃん。綴の米は自分でやらしていいよ。そいつ、めっちゃ食うから」

「は、はあ」


 お母さんがそう言うので、私はしゃもじを矢来さんにパス。

 代わって炊飯器の前に立った矢来さんは、豪快に米をしゃもじでよそった。それを茶碗にドン! 漫画盛りかよ。

 私がドン引きしていると、矢来さんは私の方を見て、


「海道さんもこんぐらいいっとく?」

「いかないわよ……」


 丁重にお断りしておいた。

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