第12話

 食卓に矢来さんの作った夕飯が並んでいた。

 ご飯に味噌汁、茄子の揚げびたし、それからメインのお皿に何か肉(多分豚肉)焼いた奴とハンバーグ……。肉多くない? 高校球児がいるご家庭みたい。

 矢来さんも席についたのを確認して、私は手を合わせる。


「いただきます」

「はーい、召し上がれ」


 私はとりあえず味噌汁に口をつける。うちよりも幾らか塩味が強いけど美味しい。

 揚げびたしも生姜の風味が損なわれておらず、しっかり味が染み込んでいる。

 次いでハンバーグに箸を伸ばす。見た感じソース的なものはかかってないけど、これがデフォルトなのかな。矢来さんはそのまま食べてるみたいだし、私もそれに倣う。

 

「美味しい」


 思わず口をついて出た。気になっていた味付けだけど、醬油ベースのなんというかビックリド〇キーみたいな感じ。これ、家でも出せる味なんだ。


「えへへ、嬉しいな」


 私の感想を聞いて矢来さんが言葉通り心底嬉しそうに顔を綻ばせる。

 笑いながら、矢来さんは山盛りご飯を大きな口にどんどん放り込んでいく。

 やたらと肉料理が多いのは、矢来さんがお米食べたいから? 益々球児じみている。

 

「わたしお代わりするけど、矢来さんは大丈夫?」

「だ、大丈夫よ」

「はーい」


 茶碗を持って立ち上がり、炊飯器に向かう矢来さん。まだ食べるつもりなのか。一杯目ですらあんなに多かったのに。

 二杯目もさっきと同じくらいのご飯を盛って矢来さんはホクホク顔で戻ってきた。


「綴、めっちゃ食べるでしょ。食費バカにならないのよね」


 おかずをあてに、お酒を飲む矢来さんのお母さんが嘆く。


「でしょうね……」

「そのくせ全く太る気配がないのも、愛娘ながらに腹立たしいわ」


 たしかに、これだけ食べたらすぐに太ってしまいそうだ。矢来さんは運動部に所属しているわけでもないし、いったいどこでカロリーを消費しているんだろう。

 

「胸か?」

「胸ね」


 私と矢来さんのお母さんの声がシンクロした。考えることは同じらしい。

 たしかに、矢来さんのお母さんはそこまで大きくない。となると、隔世遺伝、もしくは矢来さんが特異点ということになる。


「二人もいっぱい食べれば大きくなるよ!」

「いや、遠慮しくと」


 そこまでデカいと物理的にも精神的にも邪魔そうだ。無駄に視線を集めそう。男子からの好奇の目に耐えきれるのは矢来さん、あなたぐらいだから。


「お味噌汁も倍プッシュしよーっと」


 ア〇ギ好きなの?

 ルンルンと味噌汁を汁椀に入れて矢来さんは席に帰ってくる。

 その時だった。


「おわっ」


 矢来さん、躓く。どう見たって何もないところで盛大にすっころんだ。

 手に持っていた汁椀は宙を舞い――中身だけ私に着地した。


「……」

「あらあら、律ちゃん大丈夫?」

「ああ、はい。全然大丈夫ですけど……」


 酔っぱらっていたはずのお母さんがすぐにタオルを持ってきてくれた。ポンポンと私の頭と身体を拭いてくれる。


「ご、ごめんね。海道さん、火傷とかしてない?」


 起き上がった矢来さんが私に駆け寄ってくる。床にぶつけたのか、その額は赤い。


「頭が味噌臭いことを除けば問題はないわよ」

「う、うん。ごめん……」

「それより矢来さんの方が怪我してそうだけど」


 打撲だろうか。額が赤らんでいる。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。ああいや、でも若干親しみやすさが出ていいのかも?

 それに、いつになく殊勝な態度の矢来さんは珍しい。というか、半泣きだ。

 私にキスをしたことを謝る時も、こうであって欲しいものであった。 


「わたしは大丈夫だよ。普段からこんなだから」


 生傷が絶えないなんて男子小学生みたいだな。


「綴、律ちゃんが着られる服持って来なさい」

「あ、うん。そうだね」


 お母さんに言われ、部屋に服を取りにいく矢来さん。


「律ちゃんごめんなさいね。服、クリーニングして返すから」

「いえ、お手数をおかけします」


 クリーニングなんて大袈裟だから断ってもいいんだけど、ここはお母さんの意思を尊重しておいた。譲り合いになっても面倒だし。

 タオルで身体を拭きながら矢来さんを待つ。だけど、矢来さんは中々帰ってこない。

 何してるんだろう。まあ、私と矢来さんは身長結構違うから服を見繕うのも大変なのかもれしない。

 そう思っているうちに矢来さんは戻ってきた。なぜか、手ぶらで。


「ごめんね、海道さんに似合う服って考えてたら迷っちゃって」

「この後家帰るだけだから、サイズさえあってれば適当でいいんだけど」

「いやいや、海道さんにブサイクな格好させられないし!」


 何を気負っているんだろう。ぶっちゃけ上下ジャージとかでいいんだけどなあ。

 

「あー、その前に律ちゃん。お風呂入ってきたら? 身体から味噌の匂いするし、電車なんでしょ?」

「あー、まあ、たしかに」

「もう沸いてるからさ、どうせ服脱ぐんだからついでついで」

「なら、お言葉に甘えて」


 私が同意すると、お母さんは矢来さんに私を風呂に連れていくように命じた。

 

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