第13話 風呂
脱衣所はそのスペースの大半を洗濯機が占めていた。
所狭しとタオルやら洗面器具などが棚に並んでいて、矢来さんの家で一番生活感を覚える。それに、二人で並ぶには少し狭い。
「とりあえず、簡単に水洗いだけしておくから。脱いだ服は洗面台の中にでも入れておいて」
「わかりました」
「それじゃあごゆっくり」
そう言って矢来さんのお母さんは脱衣所から出ていった。
「……で、どうして矢来さんはまだいるの?」
だというのに、矢来さんは未だに私の隣にいる。
「一緒にお風呂に入ろうかなーって」
「そう。……って、え?」
驚き、矢来さんの方を見る。時すでに遅し、矢来さんはワンピースを豪快に脱ぎ捨てていた。ブラと下着だけになっている。もっと大人びたエロい下着だと思っていたけど、全然そんなことはなく、ライトブルーのシンプルなものだった。
ただし、ブラに覆われているそれはとんでもないものだけど。
私の視線など気にすることなく矢来さんはホックを外した。その拍子にブラは矢来さんの足元に落ちる。
形のいい白い双丘が惜しげもなく曝け出されていた。
もはや突っ立ってるだけでそういうヌード写真みたい。背景は一般家庭の洗面所だけど、それすら意匠なのかと勘違いしそう。
「海道さん? 脱がないとお風呂入れないよ」
「……っ、そ、そうね」
危ない。エロいとか超えて、ただ綺麗で思わず見惚れていた。
だけど、胸が早鐘を打っているのも事実で。
……いやいや、いくら女でもここまで完璧ボディを目の当たりにしたらちょっとぐらい変な気になるから。私がおかしいのではない。
矢来さんの後で肌を晒すのは気が引ける。どうあっても敗北するし。何の勝負だって話だけれど。
味噌汁塗れの服を脱ぎ捨て、矢来さんのお母さんに言われた通り洗面台に入れておく。
あとは下着だけだ。矢来さんは既に浴室に入っていったので、見られる心配もないからさっさと脱いだ。
しかし、私のことを好きなくせに裸体に興味はないのか。意外だった。それとも私の貧相な身体に用はないとか。そこそこのプロポーションのつもりだったんだけど。まあ、矢来さんの身体を見た後じゃあそんな大それたことも言えない。
「お邪魔しまーす……」
湯気が立ち込める浴室に足を踏み入れる。予想通り、蛇口から直接湯船に湯を張るタイプだった。
矢来さんは椅子に座ってかけ湯をしていた。
というか、本当になんで矢来さんまでお風呂に入ってるんだろう。矢来さんのことだから特に理由はないとかありそうだ。
「あ、海道さん。こっちおいで」
「うん」
手招かれるままに私は矢来さんが座っていた椅子に座らされた。
矢来さんは私の後ろに立っている。その手には桶。
「お湯かけるねー」
浴槽から湯を掬って私の頭にへばりついた味噌汁を洗い流してくれる。
手で目の周りの水気を払って前を向くと鏡があった。
そこには映るのは、矢来さんに背中を流される私。どんな状況だよと頭を抱えそうになる。本当は矢来さんなんていなくて、全部鏡の中の世界で起きたことと言われた方がまだ現実味がある。
「シャンプー、わたしが使ってる物で大丈夫?」
「大丈夫……」
「はぁい」
だけど、私の頭でわしゃわしゃと泡を立てる感覚は本物だ。幻想でも白昼夢でもない。
「わたしも髪切ろうかな。短いと洗いやすそう!」
「……矢来さんは長いままがいいと思う」
「そう? それ言ったら、海道さんもなんだけどね」
「今の髪型、似合ってない?」
「そういう訳じゃないよ!」
ブンブンと鏡越しに頭を振りまくる矢来さんが見える。否定が必死すぎる。
「でも、どうして急に短くしたの? わたしてっきり失恋でもしたのかと思ったよ」
「特に理由はない、けど。強いて言えば暑かった」
「海道さんっぽくないね」
そう言って矢来さんは笑った。なんだ、私っぽくないって。
矢来さんの中で、私はいったいどんな人間なんだろう。過大評価されていることだけはわかるのだけど、逆に言えばそれ以外は全くもってわからない。
「矢来さんは、私の何がいいの?」
「顔?」
「即物的すぎる……」
「だって、今まであんまりお喋りしたことなかったから。だけど、そうだなあ……。大人っぽいところとか、格好いいと思う!」
「へえ……」
ぶっちゃけ大人っぽいなんて言われても実感は沸かないし、そんな自覚もない。
だけど、こうやって衒いもなく褒められると嬉しいものは嬉しい。
「泡、流すから目つむってね」
私が頷くのを確認してから、矢来さんはお湯で髪を洗い流す。私を大人っぽいと評するわりには、子ども扱いしてない? よくよく考えたら、どうして矢来さんに洗髪されてるんだ。あまりに自然な流れだったから疑問すら持てなかった。
「次は身体だねー」
泡立てネットを手に矢来さんは当然のように言う。
「いや、身体は流石に自分でやるから」
「遠慮しなくていいよ?」
「遠慮とかじゃなくて……。というか、矢来さん。私の身体触りたいだけだったりしない?」
「どういうこと?」
矢来さんは首を傾げる。本気でわかってないのか、とぼけたフリをしているのか。
「だから、その。矢来さんは私のこと好きなんでしょ? だったら、好きな人の身体を触ってやろうっていう下心が……」
「うーん、どうだろう? たしかに海道さんのお肌には触れたい気もするけど。これが下心ってやつなのかな?」
「下心そのもの!」
「でも身体洗うだけだよ? エッチな要素はないと思うな」
「それは素なの? とぼけてるの? 私にはわからない……」
押し問答の最中にも矢来さんは手を止めず、ボディソープを泡立てていた。
この子、私がなんと言おうと自らの手で洗うことを諦めなさそう。
……まあ、いいか。もし本当に矢来さんが変なところに触ってきたら、その時はちゃんと怒ればいい。まだ未遂ですらないのだから、矢来さんを疑いすぎるのもよくないだろう。
「まあ、いいや。なら、よろしく」
「任されました!」
矢来さんは元気よく返事をすると、泡を纏った手で私の背中に触れてきた。
こうやって、人に身体を洗われるなんて何時振りだろう。少なくとも、記憶している範囲では思い出せない。頭髪なら美容院で触れられるけれど、身体となると普通経験のしようがない。
「海道さん、どう? 痛くない?」
「あなた手のひらで洗ってるんだから痛いわけないでしょ」
「それもそうか。前も失礼するねー」
にゅるりと腋の下から矢来さんの腕が伸びてきた。
そして何の躊躇もなく私の胸に泡を塗りたくるように手のひらを滑らせる。
「海道さんおっぱいおっきいねえ」
乳房の外周部に手を這わせながら矢来さんが言う。
「それは嫌味?」
「わたしの次に大きい!」
それには何の意味があるの? 結局二番だし。
話しながらも矢来さんは何が楽しいのか私の胸をまさぐっている。
だけど、よかった。私は安心していた。
もしこれで、少しでも気持ち良くなったらどうしようかとちょっと心配だった。いや、人に身体を撫でられるのは気持ちいいのだけど、性的な快感ではないことに安堵した。
「あとで矢来さんも洗ってあげようか?」
気分が良くなった私はそう提案する。
「そうする!」
矢来さんが即答した――その時だった。
バチンと何かが切れる音。瞬間、視界が真っ暗になった。
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