第10話 諦観

「どうしてわたしとは付き合えないの?」

「いや、どうしてって……。あなたと私の性別考えたことある?」

「どっちも女だね」

「わかってて言ってるのね……」


 頭が痛くなってきた。矢来さんにはどうやら常識が備わってないらしい。


「海道さんはそういうの気にするタイプ?」

「別にね、このご時世同性愛ぐらいでとやかく言うのはお門違いだって私も思うわよ? けどね、当事者になると話が違うっていうか」

「同性愛、になるんだね。そうだよね」

「そこからか……」

「わたし、好きとかってあんまりわからないから」


 少女マンガのひねくれ系主人公か? それでアンニュイな新任の男性教師と恋に落ちるやつ。まあ、矢来さんの場合は本当に理解してない説が濃厚だけど。パッションで生きてる感じだし。


「とにかく、私には世間体というものがあって。そもそも、翔也と別れろって言うけど簡単じゃないのよ?」

「そうなの? 別れましょう、はいそうですね。で終わりかと思ってたよ」

「幼稚園児じゃないんだから」


 そんなので済むなら、そもそも付き合ってない。


「というか、好きじゃないならどうしてあの人と付き合うことになったの?」

「なんだろ、流れ?」

「ううん?」


 矢来さんは私の要領を得ない説明に首を傾げる。ただ、私だって上手く説明できるならしている。それが難しいからこんなふんわりとしたことしか言えない。


「私もよくわからないの。気づいたら周りがそういう空気になってたっていうか。私は無視してたんだけど、翔也の方から告白してきて」

「それで断るわけにもいかなかったと」

「そんな感じ」

「海道さん、可哀想だね」

「えっ……。まあ、うん、どうなんだろうね」


 可哀想、か。憐憫を向けられるような境遇に私は立たされていたらしい。らしい、と言いうのも自覚していなかったのだ。

 こういうものなんだろうと、半ば諦めて受けれ入れていた。たしかに肩身が狭かったのは事実だけど、かといってそこまで苦痛でもなかった。


「可哀想だよ。だって恋人だよ。キスする相手ぐらい好きに決めたいよね?」

「それを矢来さんには言われたくない……」


 私のファーストキス無理やり奪った人間の発言とは思えない。

 自分のことは棚に上げ過ぎじゃない?

 私のツッコミに矢来さんは、たしかにと頷いた。たしかに、じゃないんだけどね。


「とにかくだよ。海道さんは今のままでいいの?」

「いいから、こうして現状を放置してたんだけど」

「けどけど、この前のキスのせいで彼氏さんと険悪だったりしない?」

「……険悪っていうか、まあ話す機会は減ったかな」


 と言っても、今までだってベタベタイチャイチャしてたわけじゃない。

 それこそキスすらしてない程度には清いお付き合いってやつだ。男の子からすれば辛いんだろうけど、そこだけは譲れなかった。

 結果的に、女の子とキスするなんて思いもしなかったけど。


「だったら、そのまま別れてしまえば……!」

「……そういう訳にもいかないの」

「どうして? 海道さんは付き合ってる意味ないって思ってるんだだよね?」

「私はね。だけど、周りはそうじゃない」


 私と翔也という、華やかなカップル。それを取り囲むことで自分もその一員になったとみんなは思いたいんだろう。彼らにとって、私はただの装飾品に過ぎない。

 

「周りって……、海道さんの気持ちは関係ないの? 海道さんのことなのに」

「そういうもんでしょ、集団に身を置いている以上は流れに任せるしかないの」

「……わたしには、わからないかな」

「でしょうね」


 言ってから、嫌みっぽくなってしまったと気づく。これじゃあ、私八つ当たりをするただの嫌な奴だ。矢来さんはきっと、私のことを心配してくれているのに。

 

「とにかく、私は矢来さんとは付き合えない。そもそも、私がクラスで置かれてる状況とか関係なしにありえないから」

「じゃあ、もうわたしとキスしなくて大丈夫?」

「大丈夫もなにも、矢来さんが勝手にしてきてるんでしょ……。どうして私が求めた風になってるのよ」


 矢来さんはあらゆる事象を自分に都合よく解釈し過ぎな気がする。

 楽天的というか、良くも悪くも何も考えてなさそう。


「そう言っていられるのも今のうちだよ!」


 無駄にでかい胸を、無駄に張って矢来さんは威張る。でかいな、ほんと。

 

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