第69話
「ちょっとストップ」
調バーサス矢来さんの対戦が終わった私は声を上げる。
マッチアップの結果は矢来さんが残機を一つとして減らすことのない圧勝だった。
調はこれでも一応、私によってスマ○ラは仕込まれている。そんな調を赤子の手をひねるかのように蹴散らした矢来さん。
「矢来さん、本当にWii以来このゲームやったことないのよね?」
「うん、ないよ。だから小学生ぶりかな?」
「じゃあなんで小ジャンできるのよ!」
「小ジャン……? わたし、変なことやっちゃってた?」
「無自覚系主人公!」
ああもう、矢来さんの発言で調が余計に落ち込んでる。基本的に女の子の友達でスマ○ラをオフラインで一緒にやってくれることなんてないから、調はウキウキだったのに。
こと格ゲーにおいてビギナーズラックはあまり起こりえないし、そもそも調は一度たりとも矢来さんを撃墜できていない。
これで矢来さんが手練れだったら言い訳もできるものの、その道すらも塞がれている。
「お姉様は昔からこうやって、生まれ持った才能で色んな人の心を折ってきましたからね」
その様を見ていた見崎さんが過去を思い出しながら言う。
「そうなの?」
当の本人である矢来さんは何のことかと首を傾げているが。
「ええ、例えば体育祭のリレーで陸上部をごぼう抜きにしてたでしょう」
「そんなこともあったね」
「と、まあ。お姉様はこんな風に無自覚に周囲のプライドをズタズタにしてたわけです。私としては、そんなお姉様もカッコよく見えてましたが」
「……さっき部屋でも聞いた話だけど、矢来さんと優さんは中学の時ルームメイトだったんですよね?」
意気消沈していたはずの調が気が付いたら復活していた。そして、質問を投げかける。
どうも調に好かれたいらしい矢来さんが答える。
「そうだよ。二年前のことだね」
「……なんか、ズルいです」
努めて明るく事実を述べた矢来さんに対して、調はあからさまにむくれて不満を表明していた。なんだかその様は、この話を聞いた時の私自身を見ているようだ。顔立ちはあまり似通っていないが、やはり姉妹は姉妹らしい。
「ま、そう思うわよね」
「お姉も?」
「ええ。だって、ムカつくでしょ。好きな人が過去にどこの誰とも知らない人と同棲してたなんて」
「優さんはどこの誰とも知らない人じゃないけど」
お前は誰の味方なんだ。
「調からしてみれば、それが矢来さんなんじゃないの?」
「……まあ。こんな綺麗な人だなんて思いもしなかったから、その、色々考えちゃうけど」
「そうよねえ。矢来さん、綺麗だもの」
「お二人共、隙あらば惚気るあたり姉妹ですわね」
渦中にいるはずの見崎さんが余裕そうにツッコミをいれてくる。
「ですが、心配せずとも私とお姉様の間にお二人が勘ぐるようなことはありませんでしたよ。もっとも……」
言葉を途中で区切った見崎さんはチラりと矢来さんを見やる。
調は見崎さんの視線の意味がわからないようで首を傾げていたが、私は以前矢来さんから事情を聞いていたので理解できた。
見崎さんは矢来さんのことが好きだったのだ。だけど、矢来さんはまともに取り合わなかった。不器用な矢来さんのことだから悪気はない。
「しかしまあ、終わった話です。私には調が、お姉様には律さんがいますから」
隣に座る調の肩を抱き寄せ見崎さんは言う。
「優さん……」
さっきまで気を落としていたはずの調の目からハートが漏れ出ていた。ちょろいな。そこも姉譲りか?
「わ、わたしたちも対抗した方がいいかな?」
「いや張り合うことでもないから」
謎の対抗心を燃やしている矢来さんを諌めながら私は、妹とその恋人がいちゃつく様を眺める。
矢来さん曰く見崎さんはどうも手癖が悪いらしい。意中の相手である矢来さんが振り向いてくれないことへの反抗か、見崎さんは中学時代から女の子に唾をつけまくっていたとか。
もしかしたら調もそのターゲットかもしれないと矢来さんは危惧していた。
見崎さんがうちに遊びに来るとなった際、矢来さんが同行を申し出てきたのも監視が目的だ。
肩を寄せ合ってスキンシップを図る二人は、まあ多少引っ付きすぎな気もするが、仲良しカップルの範疇ではあると思う。と言っても、私は他に女の子同士のペアを知らないが。
だけど、取り敢えずは見崎さんから調が遊びだとか愛人にしてやろうだとか、そういう気概は見て取れないでいた。
可愛い妹が毒牙にかかっていないかと心配していたけれど、どうやら杞憂だったようだ。
「そうだ、お姉に話があるんだった」
見崎さんとベタベタしたまま調が私に話を振ってくる。
「なに? 改まって」
「私、マリ女行きたいんだけどどう思う?」
「どう思うって……。そもそもマリ女って中高一貫でしょ?」
調は私と同じく地元の公立中学に通っている。その時点でマリ女に進学する権利はないと思うのだけど。
「うん? それは違うよ」
私の言葉を矢来さんが否定する。
「そうなの?」
「ええ、お姉様の言う通りです。もちろん中高一貫が大多数ではあるのですが、外部から高校へ入学できるクラスもありますよ」
「へぇ……。いやでも、マリ女ってことは相当頭いいんじゃ」
「そうだっけ? フツーだったはずだよ」
マリ女の中等部に特待生として入学した矢来さんの普通はどう考えても普通ではない。
その証拠に調は顔をしかめていた。
「まあ、入試まで絶えず勉強を怠らなければ大丈夫でしょう」
矢来さんの発言をスルーして、見崎さんは現状を端的に伝えてくれる。
「優さんと同じ学校に行くためですし頑張ります! ……ただ、それとは別の問題があって」
威勢よく調はやる気を見せた。しかし、一転して表情を曇らせる。
調が何を言いたいのか。何となく察していた。
「……お金、よね」
調が頷く。
うちは別に貧乏ではない。むしろ父の稼ぎは多い方のはずだ。
とはいえ、相手はあのマリ女だ。どんな授業料を取られるかわかったもんじゃない。
「こればっかりはお母さんと相談するしかないと思うわよ。私じゃあ決められない」
「そうだよね……」
「あとはマリ女に行きたい理由も必要になるわよね」
「そこは進学実績がいいから、でいいんじゃないでしょうか?」
見崎さんが言う。
「それなら公立でもよくない?」
「……たしかに」
ふむ、と見崎さんが考え込む仕草を見せる。見崎さんなりに調を想って色々考えてくれれているみたいだ。まあ、見崎さんとしても恋人が同じ学校に進学したいと言っているんだから張り切るのも当然か。
私は、高校は偏差値だけで決めたので経験なんてものはてんで役に立たない。
しかしそれは見崎さんも似たようなものらしく、名案が降ってきた様子はなく、調に至っては思案に耽る見崎さんの横顔を見るのに必死だ。お前のこと考えてんだぞ? たしかに今の見崎さんは物憂げで美人だけどさ。
「優がいるから、じゃダメなの? 別に恋人であることを説明しなくたってさ、憧れの先輩がいるからって理由としては十分だと思うよ。それに海道さんのお母さん、優のこと気に入ってたみたいだし」
しばらくの間沈黙を守っていた矢来さんがポンっと言葉を放り投げる。
矢来さんを除く私たち三人は目を見合わせた。
「「「それでいいか」」」
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