第51話

「お昼ご飯どうしよっか。何だったら、海道さんの食べたいもの作るよ」


 何をするでもなく布団の上で矢来さんとグダグダしているだけで、時刻は正午を過ぎていた。というか、相変わらず私たちはくっついたままだ。

 今日の気温は低い気配がしているけれど、私は矢来さんで暖をとっているので大丈夫。

 むしろ、そろそろ暑くなってきた頃合いだ。


「なかなか魅力的な提案をしてもらったところ悪いんだけど、私矢来さんと一緒に行きたいお店があるの」

「お、どこどこ?」

「ここからすぐにあるカフェよ。パンケーキが美味しくてね。量も結構あるからお昼ご飯代わりにもなると思う」

「パンケーキ! そんなお店あるんだね。この辺に住んでるわたしすら知らないのに」

「見付けてきてくれたのは唯なんだけどね」


 基本的にそういうリサーチは唯の専門領域だ。唯はいったいどこに情報網を張ってるんだってぐらいスイーツや映え的グルメに詳しい。

 本人曰く、女子高生っぽさを追っているらしい。女子高生が女子高生っぽさを追及するのは意味がわからないけれど。


「むぅ……小波さんね」

「え、と。何か問題があった?」


 私が唯の名を出すと矢来さんはわかりやすくむくれてしまった。


「仲がいいんだね?」

「まあ……親友? ですし」

「じゃあ、わたしは?」

「……彼女?」

「なんで疑問形なんだー」


 矢来さんがぐぐっと体重をこちらに傾けてくる。この子、背が高いし胸も大きいから当然だけど結構重たいんだよなあ……。


「海道さんは、わたしと小波さんどっちが好きなの?」

「なにその、私と仕事どっちが大事なの的な問い」

「あ、はぐらかしたね」

「面倒くさいな!?」


 とはいえ、矢来さんだって本気で拗ねてるわけじゃないだろう。

 ただのじゃれあいだ。

 だけど、何となく。


「はいはい、じゃあこれでいい?」


 少し矢来さんの面食らった顔が見たくなってしまった私は矢来さんの顔を手で引き寄せる。そして半開きのままになっている矢来さんの唇を奪った。

 思えば、私からキスをしたのは初めてかもしれない。

 とはいえ、矢来さんを驚かせることが目的なのですぐに顔を離す。

 目論見通り、矢来さんは呆けた顔をして唇に手を当てていた。

 してやったりだ。今までは矢来さんにやられる一方だったけど、一矢報いることができた。


「これでわかったでしょ?」

「ま、まだわからないよ」

「まだ言うの?」

「このぐらいのキス、欧米じゃ普通だよ」

「私たち日本人よね……?」


 そもそも欧米人だってマウストゥマウスのキスはそんなにしないと思う。


「だから、もう一回」


 私は何一つとして納得していないのに、矢来さんは再度私からのキスを受け入れる体勢をとる。

 これはつまり、”もっと深いキス”をしろということか。

 正直言って猛烈に恥ずかしい。矢来さんにされるのと、自分から主導してするのでは勝手が違う。

 だけど放っておいたところで、矢来さんは梃子でも動かないだろう。

 とりあえず、もう一度矢来さんの唇に私の唇を重ねた。

 一度キスをしたからか、矢来さんのぷっくりとした唇が濡れている。

 問題はここからだ。

 私はおずおずと自らの舌を矢来さんの口内めがけて突き出していく。

 矢来さんはもちろん初めからその気なので、全く抵抗してこない。

 矢来さんの歯に舌先が当たってしまうアクシデントとかもなく、すんなりと矢来さんの中へ侵入してしまった。

 だけどまだ矢来さんの口腔内で舌は浮いている状態だ。

 徐々に舌を降ろしていく。先端がぬめりを持つザラザラとしたものに当たった。

 控えめに矢来さんの舌を絡めとる。すると矢来さんも応戦してきた。

 ピッタリと唇を合わせてるから音の逃げ場がなく、ぴちゃぴちゃとした水音と矢来さんの荒い呼吸が直接脳に響く。

 私と矢来さん、二人の境界が曖昧になっていく感覚。

 このまま快感に溺れてしまうのも悪くはないと思ってしまいそうになる。

 それでも、私は理性をもって衝動を抑え込める。

 なんというか、まだお日様が高い時間からそういうのはよくない。

 名残惜しさを覚えながらゆっくりと矢来さんの唇から離れる。

 てらてらと唾液で光る矢来さんの唇がやけに色っぽく見えてしまう。


「はい! これでわかったでしょ。私は唯のことも好きだけど、それは友達として。矢来さんのことは、こういうことをしちゃう好きなの」


 胸の内に残った情欲を搔き消す意味もこめて、私は大きな声で言った。


「んへへー、わたしも海道さんのこと好きだよ」

「それは知ってる」

「もっと言えば、わたしは海道さんみたいに友達はいないよ」

「それも知ってるけど、言ってて悲しくならない?」

「海道さんがいるから平気」

「依存度が高い……」

「ちなみにわたしは海道さんが小波さんと仲良くしてても何も思わないよ!」

「じゃあ今のキスは何だったのよ」

「恋人同士がキスをするのに理由が必要?」

「そ、そりゃ……節度ってものがあるでしょ」

「別に誰かに迷惑をかけるわけじゃないよ?」

「う、ううん」


 矢来さんの言っていることはもっとも……なのか?

 だけど、効果的な反論も思いつかない。


「で、でも、キスしたら変な気分になるし……」

「変な気分って?」


 しまった。言い返したいがために、妙なことを口走ってしまった。

 案の定、矢来さんは獲物を袋小路に追い込んだハンターみたいな悪い顔をしている。


「変な気分って、もしかしてわたしとキスするの嫌なのかな?」


 私が矢来さんとのキスを嫌がってないことをわかった上で聞いてくるのだから質が悪い。


「ねえ、海道さ――」

「あーもう! わかったわよ! エッチな気分になるの! さっきだって矢来さんの胸触りそうになったし、なんかこうどうしていいのかわからなくなるの! わかった!?」


 もはや逆ギレだが、矢来さんの言葉を遮って私はまくし立てた。

 私が急に大きな声を出したからか、矢来さんは目を白黒させて驚いている。

 しばらくして、私の言葉を咀嚼し終えたのか矢来さんは口を開いた。


「だったら触ってくれてもよかったんだよ?」

「まだ外明るいでしょ。昼間から盛りあうとか、変態みたいで嫌よ」

「夜だったらいいの?」

「だーーー! もうこの話終わり!」


 墓穴を掘り続ける私も私だけど、いい加減矢来さんも私をいじめないでほしい。

 

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