第50話

「わたしと優がルームメイトになったのは、わたしが三年生で優が二年生の時でね。姉妹制度は風習程度でしか残ってなかったんだけど、それでも優はわたしことをお姉様って呼んだの」

「他の人達はそうじゃなかったの?」

「お姉様って呼び方自体は結構オーソドックスだったかな。わたしも、二年の時に同室だった三年生のことはお姉様って呼んでたし」

「本当にそんな学校あるのね……」


 私が通っていた普通の公立中学ではまず考えられない。カルチャーショックもいいところだ。


「だけど逆に言えば呼び方ぐらいしか名残はなくて、それ以外は普通の先輩後輩って感じだね」

「それでも十分すごいけど」

「わたしも中学時代はそれが普通だと思ってたから、今の高校に来てからはビックリしたよね」

「……そういえば、矢来さんはエスカレーター方式でマリ女の高校に行かなかったのよね」

「そうだよ。それも、今から話す内容に関わるんだけどね」


 今から話す内容――つまり見崎さん絡みのことで矢来さんはマリ女高等部への進学をやめたらしい。

 少なくとも、笑って聞ける話ではないはずだ。

 私は若干居住まいを正して矢来さんの言葉に耳を傾ける。


「呼び方以外は普通の先輩後輩って言ったけど、実はそれわたしと優には当てはまらなかったんだ。というのも……優は、わたしに恋をしてたから。普通の先輩後輩じゃなくて、それこそ昔の姉妹制度ぐらいに深い関係になることを優は求めてた」

「見崎さんが、矢来さんを……」


 知らされた事実に心が波立つ。今更矢来さんが見崎さんに奪われることなんてない。そう理性でわかっていても、どうしても頭は悪い方へと思考を働かせる。


「それで、矢来さんはどうしたの?」


 ブンブンと首を振り、邪な考えを追い払って矢来さんに続きを促す。


「わたしは……わたしは、昔から他の人が何を考えてるのかあんまりわからなかった」


 それはまるで、自分を責めるような口ぶりで。


「だから、優が向けてくる気持ちにちゃんと向き合わなかった。というより、向き合うことすら知らなかった」


 矢来さんがやけに自らを戒めるように話すのも無理はなかった。

 見崎さんの視点に立ってみれば、たしかに矢来さんの行動は軽薄に映る。

 あしらわれるのならともかく、まもとに取り合ってくれないのなら取り付く島もない。


「でも、優はわたしを諦めなかったんだ」

「変わらずアタックを続けてきたの?」

「そうだったら良かったんだけどね……」


 口ぶりからして私の予想は外れたようだ。

 諦めはしない。だけどアタックを続けるわけでもないとなると、見崎さんはどんな手を打ったのだろう。


「その頃からだね、優が色んな女の子に手を出し始めたのは」

「……ええと、ごめんなさい。見崎さんがどうしてそんなことを始めたのか、見当がつかないのだけど」

「優はわたしに構って欲しかったんだろうね。ある意味自傷行為だよ。わたしと優の部屋にとっかえひっかえしてる女の子を連れてきて、わたしの前で楽しそうにして……。わたしの独占欲を煽りたかったのかな。なんてのは、今だから冷静に分析できることなんだけどね。当時のわたしは、優が何をしたいのかわからなかった」


 矢来さんの気を引くために、代わる代わる女の子を連れてきては見せつける。

 なるほど、矢来さんが自傷行為だと評するのも納得だ。

 本命は矢来さんなのに、他の女の子と付き合う。まるで身体に傷をつけて心配をしてもらうかのような行動。


「結局わたしは、優とルームメイトを終えるまで優のことを理解できなかった。だけど、優をこんな風にしてしまったのは自分だってことだけはわかってたんだ」

「……だから、マリ女を辞めて見崎さんから距離を取ったの?」

「そういうことだね。ただ、海道さんの言い方だとわたしに都合が良すぎるね。わたしは、優から逃げたんだよ」


 一通り話し終えたのか、矢来さんはふーっと息を吐いた。

 何も壮絶な過去というわけでもない。ありふれた、とまでは言わないけれど、どこかにありそうな恋愛話。

 ただし、この件に関しては分からないことが一つある。


「それで、見崎さんはどうなったの……?」


 矢来さんを想うがあまり周囲が見えなくなっていた見崎さんを正気に戻すため、矢来さんは見崎さんから離れるという荒療治に打って出た。

 だけど、それには余計に拗らせるかもしれないリスクもある。

 私が見崎さんと話した限りでは、矢来さんへの妄執は感じられなかった。

 少なくとも、調のことも好きではありそうだったし改善したのだろうか。


「それを確かめたくて、この前うちに連れ込んだんだ。たまたま駅前で見かけてね。だいたい二年ぶりだったかな」


 私が唯とパンケーキを食べに行った日のことだ。

 そして、私は矢来さんと見崎さんがこの家に消えていく瞬間を目撃している。

 もっとも、あの時の私はショックのあまり冷静ではなかったので、見崎さんの様子なんて覚えていないけれど。


「確実なことは言えないけど、少なくとも中学時代みたいにわたしで一杯一杯って感じではなかったかな。新しく彼女が出来たって言われた時は思わず身構えちゃったけど、今までとは違ってその相手のこと――海道さんの妹さんのこともちゃんと好きな風に話してたね」

「それは良かった。私の妹、どうも見崎さんに惚れ込んでるから」

「あはは、まあ優は女の子に慣れてるからね。というか、妹さんはどうやって優と知り合ったの?」

「見崎さんがナンパしたんだって」

「……だ、大丈夫かなあ」

「さ、さあ……」


 私もナンパと聞いた時は啞然とした。


「だけど、見崎さんの口ぶり的には真剣みたいよ? お姉様には私たちの交際を認めてもらいたいですって、いきなり啖呵切ってきたし」

「ああ、女の子同士だもんね? 優も、まさか海道さんまでそっちだとは思わないだろうなあ」


 ケラケラと矢来さんが笑う。


「それに今度、うちに来て親に挨拶するらしいのよ」

「え、ええ……? 結婚でもするの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど。今のうちから、うちの両親を懐柔しておこうって」

「なるほどね。そういうの、優得意だったなあ。あの子、先生からの信頼厚すぎてね。だからこそ、女の子関係で暴れられたんだけど」

「……でしょうね」


 私も簡単に懐柔されたし。見崎さんは人との距離の詰め方が上手い気がした。

 それこそ矢来さんと変わらないスピードで迫ってくるのだけど、そこに嫌味っぽさや下心が見えない。

 ……これだとまるで矢来さんが下心まる出しみたいだな。


「ねえ海道さん」

「なあに」

「その優が海道さんのおうちに行く時なんだけど、わたしも同席していい?」

「……え、なんで」


 思わず素で聞き返してしまう。


「海道さんのおうちにわたしも行きたいから!」

「だったら別日でよくない?」

「ついでに優のことも見ておきたいからね」

「お目付け役?」

「そんなところだね。一度は放り投げちゃったから、これからは姉として目を光らせていくよ」


 指でオッケーサインを作り目にあてて矢来さんは言う。

 しかし、矢来さんまでうちへ来ることになるとは思いもしなかった。

 そりゃ、いつかは呼ぶつもりだったけどまさか見崎さんとダブルブッキングになるなんて。

 とりあえず、少なくともお母さんかお父さんどちらかが家にいる時じゃないと、見崎さんの懐柔作戦は決行のしようがない。

 しかしまあ、うちの親は娘が揃いも揃って美少女を引き連れてきたらどんな顔をするだろうか。

 ましてや、その二人が恋人ですなんてカミングアウトした日には卒倒するかもしれない。

 昨日の寝る前、矢来さんが言っていたこと。

 もし両親に同性との交際を反対されたらどうするのか。

 私は未だにその答えを持ち合わせていない。そこには、うちの親なら反対しないだろうという楽観的な考えもある。

 だけど、もし。もし反対されたら? 反対されるだけならまだマシだ。絶縁なんて言い渡されたとしても、私は矢来さんを選べるのだろうか。

 そう思うと、調の方がよっぽど覚悟ができていそうだ。

 何はともあれ、ひとまず矢来さんと見崎さんがうちへ来ることは確定した。

 ……部屋の掃除、しないとな。

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