第19話 寝起きの良し悪しは人による

 目覚めて、まず初めに目に飛び込んできたのは矢来さんの顔面だった。それも、あまりにも近いので目のあたりしか見えない。

 なんともまあ、キャラクター通り矢来さんの寝相は酷いものである。敷布団はちゃんと二人分あるというのに、矢来さんは完全に私の布団に侵入してきていた。

 それどころか、私のことを抱き枕にしている。テンプレすぎてわざとかと疑いそうになるけど、本人は熟睡しているようなので素なんだろう。

 まあ、ここまできつく抱かれているのに今の今まで起きなかった私も私だ。矢来さんの抱きしめる力は強いけど、身体は柔からいからだろうか。

 

 結局、昨晩はいつ寝付けたのかわからない。気が付いたら、朝を迎えていた。

 色々考え事はあったけど、矢来さんの気の抜けた寝息を聞いているとどうでもよくなって、そのまま瞼を落とした。


「矢来さん、起きて。暑いから」

「もーちょっと……」

「何から何までテンプレだことで」


 身をよじるも矢来さんは私を解放してくれない。別に矢来さんが二度寝することに文句はないけど、とにかく私を放して欲しい。

 

「あつぃ……」


 矢来さんが熱っぽい息を吐きながら漏らす。それはこっちのセリフだ。

 ただでさえ借りたパジャマは夏に着るもんじゃないのに、人と密着なんてしようものなら暑くて当然。


「海道さん、チャック下ろしてー……」

「なら後ろ向きなさいな」


 矢来さんは私に巻き付けていた腕をやっとのことで離し、私に背中を向けた。

 言われた通りに背中側にあるチャックを下ろす。白い背中が、ハッキリと見て取れる程度には汗ばんでいた。


「風が入ってくるー」

「このままって気持ち悪くない? タオルかなにかあるなら拭くけど」

「あー、お願い。タオルはねえ……」


 もぞもぞと芋虫みたいに矢来さんは地を這って衣装ケースを漁り始めた。そこまでして起きたくないのか。もしかして朝に弱い? 受け答えははっきりしてるけど。


「はい、これ使って」


 無地のタオルを受け取る。矢来さんは流石に身を起こしてから背中を再度私に向けた。

 あくまで汗を拭き取るのが目的なので、優しく押し当てるようにタオルをあてがう。

 ポンポンとお尻の上あたりまでしたところで、


「前もお願いしていい?」


 矢来さんは着ぐるみから腕を抜いた。全身を覆う着ぐるみだけど、今は腰辺りまで全部見えている。矢来さんは下着をつけていないので上半身裸だ。


「……いや、前は自分でできるでしょ」

「じゃあ寝るー」


 いつも以上に子供っぽい態度で、ちょっとむかついた。宣言通り矢来さんは半裸のまま布団に戻ろうとするので、やむなく引き留める。


「わかった、わかったから。やればいいんでしょ」

「えへへ、海道さん優しいから好き」

「……ああそう」


 寝ぼけまなこを私に向けて、矢来さんは衒いなく言った。それが友情なのか愛情なのかはさておいて、好きだと臆面もなく言えるのはすごいと思う。

 私だって唯のことは好きだけど、面と向かってそれを言葉として伝えられるかと聞かれるとちょっと困る。せめて誕生日だとか、特別な事がないと無理だ。

 矢来さんはそれを、こんな何でもない場面でやってのける。


「じゃあ、腕を上げて」

「ばんざーい」


 矢来さんは私の言葉に従い、腕を上げ腋を出した。そこにタオルを滑り込ませる。

 昨日といい今日といい、二日連続で矢来さんの身体を洗うことになるとは。人生、何が起こるかわかったもんじゃない。

 いや、それを言うなら、まさか女の子から告白されるなんて思いもしてなかったけど。

 昨晩のお風呂でのことは極力頭から追い出してから矢来さんの胸に手を伸ばす。深呼吸はしなかった。意識しているのが矢来さんにバレそうだから。


「胸、触るから」


 私は断りをいれてから、下乳部分に左手を潜り込ませリフトアップ。無心、無心。

 胸が大きいと、ここは汗がたまりやすい。矢来さんほどじゃないにしても、一応私も大きい部類に入るから知っているのだ。

 胸の下に手を入れているから、私の手が矢来さんのおっぱいに包まれている感じになる。

 ずっしりと確かな重量感、拭いても汗ばんでいることに変わりはないので手に張り付く感触は残る。……いやだから、そういうことを考えるのがよくないんだ。


「はい、終わり!」


 煩悩を断ち切る意味合いも込めて、私は気持ち大きめの声で言った。

 

「ありがとう、じゃあ二度寝するね」


 言いながら矢来さんは後ろに倒れ込んできた。言わずもがな、矢来さんの背後には私がいる。だというのに、矢来さんはそのまま私にもたれかかってきた。

 矢来さんは着ぐるみを半脱ぎのままなので、白い背中を直で私に預けてくる。


「ちょ、ちょっと。重たいわよ」

「女の子に重いは禁句だよ? まあ、わたし体重結構あるけど」

「身長高いものね」

「おっぱいも大きい」

「……昨日から思ってたんだけど、それ結構自慢してる?」

「実はしてる。それに……」


 矢来さんは首を少しだけ回して、流し目で私を見やった。


「海道さん、わたしのおっぱい気に入ってたみたいだし。そりゃあ、ご自慢になるよね」

「……別に、気に入ってないけど」

「昨日、あんなに揉まれたのに?」


 ……気づいてたのか。いや、そうだ。たしかに矢来さんは「気持ちよかったから大丈夫」と言っていた。それはつまり、私が愛撫していたことを矢来さんが自覚していたってことだ。それを昨日の私は、怒られなくて良かったと安堵していたために失念していた。


「ちなみに怒ってはないよ? むしろわたしので良かったら何時でもどうぞ」


 エッヘンと矢来さんは胸を張る。私は矢来さんの背後にいるから見えないけど、正面から見たらすごい絵になっているはずだ。

 

「何それ、挑発してるつもり?」

「どうやら海道さんは強がって、わたしのおっぱいに興味がないと言い張るみたいなので」

「強がってないし、興味もない。というか、早く身体隠しなさいよ……」

「このパジャマ暑いから」

「あなたのものでしょ」


 脱がずに耐えている私の身にもなってくれ。

 矢来さんは私の苦言に耳を貸すことはなく、相変わらず胸を強調したポーズのままだ。

 なにこれ、終着点はどこ? 触ったら私の負けだし、かと言って矢来さん妙に強情だし。

 どうあがいても私に不利益が襲い掛かるの、すごく理不尽。

 とはいえ、矢来さんだっていずれ折れるだろう。その時を待つしかない。

 

 それから十分後。


「いや、諦めてよ!」


 矢来さんは相変わらず、乳を放り出したままだった。

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