第20話 弱点特攻
「お昼ご飯どうしよっかー。って、海道さんの服が戻ってこないことには外出られないんだったね」
「いや、うん。そうだけど、いい加減服着たら? お母さんに見られるとか考えないの?」
「お母さん、今日は午前中お仕事だからもう出ていってるよ。海道さんの服も、そのついでにクリーニングに出してるはず」
そうか……と納得しかけたけど、全くもって服を着ない理由になってない。
「私がいるんだけど?」
「海道さんはわたしのおっぱい好きみたいだから」
まだ言ってるし。
私がキスを嫌がった嫌がってないと論争した時もそうだけど、矢来さんは基本的に自分を曲げない。直感を最後まで信じるタイプみたいだ。
「さっきからチラチラ見てるみたいだし」
「あなた私の顔見えないでしょ。適当言わないで」
「背後から視線を感じる……!」
ちなみに、見てるか見てないかで言えば見ていた。いや、目の前に裸の人間がいたら怪訝に思って見ちゃうでしょ。
プルプルと矢来さんが身体を動かす度に揺れているだとか、時折ピンク色の突起も見えているとかそんなことは一ミリも考えていない。
「というか、矢来さんが私に触って欲しいだけなんじゃないの? まるで私が矢来さんに触れたいみたいになってるけど」
「ん? そうだよ。わたしは触って欲しい。だけど、海道さんがわたしに触りたそうなのもホントだよ」
「いやいや、誰があなたの胸なんて」
「えいっ」
何時ぞやのキスの時と同じように、矢来さんは掛け声とともに私の手を取り無理やり胸に押し当てた。
タオル越しとは違う、指が沈んでいく感触。水風船だとかクッションだとか、そういうのともまた異なる、およそこれでしか味わえない手触り。
若干私の手よりも温かい。矢来さん、たしかに体温高そうだ。
「ほら、もし興味がないならすぐに手離すよね? なのに海道さんはそうしなかった」
「――っ、これは!」
「これは?」
矢来さんが静かに肩越しに半分だけこちらに顔を向けた。片目だけ、それなのに私はその視線に射竦められたように声が出なくなってしまう。
思考はこんなにもクリアで、手に触れる柔からさも鮮明だというのに、言葉だけは思うように操れない。
「わたしはさっきも言った通り、海道さんに触れられたい」
胸に触れている私の手の甲に、矢来さんが手のひらを重ねる。矢来さんの手と胸に、私の手は挟まれてしまった。
「昨日お風呂でしたように触ってくれていいんだよ?」
「……あれは身体を洗ってただけで。だから、今矢来さんの胸に触れるのはおかしいというか。そっ、それに矢来さんだって身体を洗うのはエッチなことじゃないって言ってたでしょ」
「そうだね、言ったよ」
「だったら」
だったら――その先はあまり考えてないけど、とにかく矢来さんまるめ込まないと。
そう思って、口を動かそうとした。だけど、続きは矢来さんの言葉にかき消された。
「わたしは今、海道さんにエッチなことされたいだけだよ?」
「なっ……」
「昨日、海道さんに言われるまで気付かなかったけど、どうやらわたしは海道さんのことが好きみたいで。そんな好きな人に、あんな風におっぱいいじられて……。またして欲しいって思うのはおかしい?」
おかしいと言いたかった。けど、多分それはおかしなことじゃない。
何せ、矢来さんは私のことを好きなのだ。だから、特別を求めるのは普通で。
むしろ、きっと悪いのは私だ。悪気はなかったとはいえ、矢来さんの身体に快感を覚えさせてしまった。その結果がこれだ。
だけどなんというか、それを理由に矢来さんに触れるのも、また何か違う気がしてならない。
「矢来さんが私に触れられたいと思うのはおかしくない。だけど、私には矢来さんに触れる理由がないの」
そう、引っ掛かりを覚えるのはここだ。ちゃんとした理由もなく、胸を揉むなんて間違っている。私と矢来さんはそういう関係じゃない。
もし私も矢来さんのことを好きで、交際関係にあるのなら問題はない。恋人同士の触れ合いの範疇だ。
「海道さん、結構お堅いね?」
「あなたがルーズすぎるの」
「女の子同士はおっぱいの触り合いぐらいするって聞いたんだけどなー」
「あなたも女の子でしょ、どうしてそんな男子みたいことを言い出すのよ」
「というか、中学の寮時代のルームメイトは結構触ってきたよ?」
それはその子がおかしいのでは? それとも女子校ならそれぐらい普通なのかな。どちらにせよ、私の知らない風習だ。
「まあ、いいや。今日は諦めよう」
私が頑なに態度を崩さないからか、矢来さんはやっと私から離れてくれた。
立ち上がり着ぐるみを脱いだと思ったら、今度はちゃんと服を見繕い始める。よかった、ひとまず危機は去った。
「今日はって、またチャレンジするみたいな言いようね」
「そのうち海道さんも折れてくれるかなーって」
「私のことなんだと思ってるの」
「ちょろい!」
昨日とは打って変わって、パンツスタイルでピシッときめた矢来さんが言い切った。
何だこの女、カッコイイ系もいけるのか。やたらと脚が長い、スキニーパンツは矢来さんのために生まれたのかと勘違いしそうになる。
「ちょろくないわよ」
「現に私のこの格好にときめいていると見た!」
「……」
図星過ぎて黙ってしまったけど、沈黙は肯定しているのと同じだ。私が無言の反応を示すと、矢来さんは満足げに頷いた。
矢来さんはゆったりとした足取りで私の前にひざまずいた。そして、私の顎に指を伸ばしてきた。まるで少女マンガに出てくる王子様キャラのように。
矢来さんの顔が間近に迫ってくる。だというのに、私の身体は金縛りにあったみたいに動かない。これじゃあ、またキスをされる。
私は観念して目を瞑ってその瞬間に備えた。だけど、いつまで経っても唇を襲う感覚はやってこない。
恐る恐る目を開く。矢来さんの唇はそこにはなく、私の耳元に添えられていた。
「海道さんは、こういうのが好きなの?」
そっと、囁かれた。身体の芯から何かがせりあがってくる。それは脳を揺らして、肌を粟立たせた。
へにゃへにゃと力が抜けてしまった。そんな私を矢来さんが受け止めてくれる。
「大丈夫?」
優しい手付きで背中を撫でられてやっと落ち着いた。というか、私はいったい何を?
「ご、ごめんね。海道さん、耳が弱いとは知らなくて。悪ふざけが過ぎちゃった」
「別に謝るようなことじゃないけど……」
もごもごと矢来さんの胸に顔を埋めたまま話す。さっきまで触るのを拒んでいた胸にダイブしているなんて、不可抗力とはいえ私も節操がない。
あまりこのままでいるのもアレなので顔を上げた。矢来さんが心配そうに私を見ている。
なんとなく惨めだった。あれだけ矢来さんに気がないアピールをしておいて、ちょっと囁かれただけでこんな風になるんなんて。
しかし、私はこういう王子様系が好きなのか? 自覚は全くない。むしろ、グイグイくる男の子は苦手だ。ああでも、矢来さんはグイグイ来るけど女の子か……。となると、私の苦手なタイプには分類されない? いや、そもそも矢来さんのことは苦手だし……。
「けどまあ、今後は控えてもらえると助かるかも」
「わかった! 海道さんに耳は禁止だね。これからはキスだけにしておく」
「……そっちのほうがやめて欲しい」
「えー」
不平を漏らしながら、矢来さんはもう一度私の背中を優しく撫でた。
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