第62話

「……」

「……」

「……」


 女三人寄れば姦しいなんて言葉がある。意味は、読んで字のごとく女が三人も集まれば騒がしいという、なんとも現代では口にするのが躊躇われそうな偏見に満ち満ちたものだ。

 しかしまあ、騒がしいかどうかはともかく、実際女が三人もいれば話に花が咲きそうではある。にもかかわらず、私たちは何故か無言だった。

 現在地、カラオケ。部屋にいるのは私と矢来さん、それから唯だ。

 約束していた通り、矢来さんと唯を引き合わせることになり、それなら善は急げと学校帰りにあるカラオケに三人で来ていた。各々ドリンクバーから飲み物を拝借し、窮屈な椅子に腰を落ち着けて、しばらく経っている。

 当然のように私の隣に座った矢来さんと、それに向かい合う形の唯はどうしてか無言で見つめ……もとい睨み合っていた。


「あの……二人ともなんで黙ってるの?」

「「……何話したらいいのかわからない」」


 一言一句違わずにハモった……。

 

「いや、あなたたちそういうキャラじゃないでしょ」


 特に矢来さん。あなた、距離はとりあえず詰めとけが信条じゃなかったの?


「……とりあえず、自己紹介でもしたら?」


 埒が明かないので私は提案する。


「お見合いじゃないんだから」


 だというのに、唯は呆れたように言う。


「人がせっかく案を出してやったのに文句ばっかり……。だいたい、一回話してみたいって言い出したのは二人でしょ」

「なら、ここはわたしが!」


 矢来さんが勢い良く手を挙げる。


「初めてまして! 矢来綴です! 海道さんの彼女です! 好きな人は海道さんです!」

「……どこから突っ込めばいいの?」

 

 唯が首を傾げるが私も知らない。ツッコミ入れてたらキリがないことだけはわかる。


「小波さんは、わたしの海道さんと仲良くしてるってことだから、わたしも仲良くしたいなって」

「……わたしの海道さん? いつから律は矢来さんのものになったの?」

「うん? あれはねえ、とある十一月の休日のことだよ。わたしと海道さんはデートを――」

「具体的な内容を聞いたんじゃなくて!」

「ほえ? なら、小波さんは何をわたしに聞いてるの?」

「律は”あたしの”友達でもあるんだけど!」


 そこかよ。


「でも、わたしの恋人だよ?」


 矢来さんは矢来さんで当然の権利を主張するかのように、すまし顔で応対する。

 何だか、二人の視線が火花を散らしているような気がした。

 やめて! 私を取り合うって争わないで! っていうのは、この場面で使うものなんだろうか。自意識過剰っぽいので口にはしないけど。


「ダメだよ、律。この子、独占欲強い。将来絶対に束縛してきて、律が困ることになる」

「ああ、うん。そんな気はしてる」


 矢来さんがヤキモチ焼きなのは既知のことだ。


「なにその余裕! もう正妻気取りか!」

「私と矢来さん、どっちに攻撃したいのよ」

「どっちも! カップルムカつく!」


 ただの無差別テロだった。


「小波さんだって可愛いんだから、すぐに恋人出来ると思うよ?」

「あ、ホント? あははー、もう矢来さんったらー口が上手いんだから」

「うわ、もう懐柔された」


 即落ちにも程があると思う。プライドというものはないのか。

 

「よし、なら二人のお付き合いを祝ってあたしが一曲歌ってやろう」


 矢来さんへ対抗意識を燃やすことはもう飽きたのか、はたま歌いたいだけなのか、唯はタブレット端末型のデンモクを操作し始める。

 唯が一発目に歌う曲は決まっているので、すぐにイントロが流れ出した。

 ドコドコとツインバスドラムがけたたましくビート刻み、歪んだギターがリフを奏でる。

 そして、唯は可愛い声で威勢よく気持ちよさそうに歌い始めた。

 この曲のどこが交際を祝っているんだろう。


「ね、ねえ海道さん」


 隣の矢来さんがわたしの耳にそっと囁く。


「なあに?」

「小波さんってこういう曲が好きなの? なんか、激しいんだけど」

「ああ、うん。そういう反応になるわよね」


 私と矢来さんが内緒話をしてることなんて目にも入らないように、高らかに歌い上げる唯に目をやる。耳を塞いでしまうと、まさかこんなヘビーな曲を歌っているなんて思いもしないだろう。


「因みに、この後も唯はずっとこんな感じよ」

「お、おー……。人は見かけによらないんだね」

「それ、唯と初めてカラオケに来た私の感想まんまよ」


 顔を見合わせて私と矢来さんは笑う。

 そんな間にも、曲はラスサビの一番盛り上がるポイントに差し掛かっていた。唯曰く、ライブではオーディエンスと一緒に歌うパートらしい。

 私も唯に合わせて、適当に歌う。毎度毎度聞かされるものだから、英語の歌詞だというのに覚えてしまっている自分がいた。


「いーめーそー!」

「わー」


 歌い終わりホクホクとした顔の唯へパチパチと拍手をする。ノリで矢来さんも手を叩いていた。これが同調圧力。矢来さんさえも従わせる。


「はあ、気持ちよかったー! はい次、矢来さんどうぞ」

「……あ、うん。ありがとう」


 呆気に取られていた矢来さんは、心ここにあらずなようでワンテンポ遅れて反応する。

 デンモクを受け取った矢来さんは、とりあえず履歴を開いていた。まあ、唯が何を歌っていたのか気になるのはわかる。

 しかし、アーティスト名を見たところでピンとくるわけもなく、相変わらず矢来さんは不思議そうな顔をしていた。


「その反応を見るに、矢来さんはどうやらこっち側じゃないみたいだね」


 心底残念そうに唯は呟き、肩を落とした。


「これで私がヘビメタを履修する約束もなかったことになったわね」

「くっ……せっかく律を沼に落としこむチャンスだったのに! あと略すな」


 例に漏れずドスの効いた低い声で脅された。全然怖くないけど。


「えっとー、小波さんはその手のジャンルが好きなの?」

「そうだよ! よかったら、矢来さんも聴いてみない? もしあたしが今日歌う曲で、気になるのがあったら教えて! そのアーティストのオススメ一覧ラインで送るから!」

「う、うん」


 す、すごい。あの矢来さんが気圧されている。それ程までに唯は布教に前のめりだった。

 私を陥落できなかったから、次のターゲットとして矢来さんが選ばれたんだろう。ご愁傷様です……。


「わ、わたしも歌おっかな。よし、そうしよう!」


 唯の圧から逃れるように、矢来さんがわざとらしく宣言する。

 言葉に続いてイントロが流れだした。

 宇多田ヒカルのtravelingだ。

 私も聞いたことがある……というか、だいたいの日本人なら一度は聞いたことがあるであろう曲。だけど、私たち世代のものではない。

 前奏の間に矢来さんは飲み物で喉を潤していた。

 そして、ベールに包まれていた矢来さんの歌声が披露される。

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