第16話

「うーん、わたし身長が高いから海道さんが着られるものってなると難しいなあ……」


 衣装ケースの中を漁りながら矢来さんが嘆いた。


「矢来さんって身長いくつなの? 見るからに高いけど」

「春にあった身体測定の時で166だよ」

「私が154しかないことを考えたら、そりゃ厳しいわね」

「彼氏彼女として見れば、イイ感じの身長差なのにね」

「彼氏彼女じゃないから、全く良くない」


 いやそもそも良い悪いの話ではないけど。ただまあ、今この場においては不都合ではある。

 結局のところ、矢来さんが見つけられたのは中学時代の体操服だけ。それでも若干ブカブカだ。私と矢来さんは当然中学は異なる。見慣れない体操服を私はとりあえず着ることにした。


「うぅ、ごめんね。全然可愛くなくて」


 体操服を着た私を見て矢来さんが謝ってくる。だけどその顔は全然申し訳なさそうじゃない。


「なんでニヤニヤしてるの?」

「いや、服自体は可愛くないんだけど、中学校の体操服を着た海道さんは可愛いなって」


 とんでもない理由だった。


「変質者だ……。というかこの体操服、うちの高校とデザインさして変わらなくない?」

「んー、なんというか。わたしの通ってた中学のやつだから。オナ中になった気分?」

「なるほど?」

「あ! せっかくだから、わたしの中学時代の制服も着る!?」

「なにがどうせっかくなのかわからないし、それ矢来さんが見たいだけでしょ」

「そうだよ?」


 矢来さんは何か問題ある? みたいな顔をする。私利私欲を隠す気ないのか。


「ほら見て! 可愛いと思わない?」


 いつの間にか制服まで掘り起こしていた矢来さんが嬉しそうに見せびらかしてくる。

 それは制服にしては珍しいワンピースタイプのもの。この辺りでそんな制服を採用している中学校なんて一つしかない。


「矢来さん、マリ女だったの?」


 私立マリア女子学園。幼稚園から大学まで、一貫して女子校を設けている学校法人だ。

 昔はガチのお嬢様学校だったらしいけど、今となってはそんなこともなく。とはいえ、私立の女子中となるとやはり羨望の眼差しで女の子たちはマリ女生を見ていた。


「あれ、でもあそこって中高一貫よね? どうしてうちの高校に?」

「学費が高いから!」


 身も蓋もなかった。これに関しては深掘りした私が悪い気もするけど、やはり反応に困ってしまう。

 

「っていうのは冗談だよ、わたし特待生だったから学費は免除されてんだ」

「と、特待生? マリ女って普通に進学校だったような」

「うん。あれ、海道さんはわたしが優等生なのをまさか知らない?」

「矢来さんの成績なんて知らないけど……」


 うちの学校は周囲に成績が晒されるような仕組みはない。いくら優秀な成績を修めても、当の本人が言い出さない限り秘匿されている。


「わたしこの前の定期テスト、学年三位だよ」

「ま、まじ?」

「まじまじ」


 矢来さんは勉強机の中から一枚のぺら紙を取り出す。成績通知書だ。各生徒に渡され、平均点や自分が成績何位だったかなどが記されている。

 そこにはたしかに、五教科十科目総合成績で三位とあった。


「私なんか目じゃないわね」


 ちなみに私はど真ん中もど真ん中だ。文系だけに絞ればまだ上位三分の一には入れるんだけど。


「どう? 見直してくれた?」

「……まあ、ちょっとは」


 私の素直じゃない言葉にも矢来さんは嬉しそうにはにかんだ。

 

「しかし、矢来さんがマリ女出身ねえ」


 今しがた着ている体操服の胸にある校章、見覚えがあると思ったけどマリ女のものだったとは。

 矢来さんにマリ女が似合うかと聞かれれば、見た目だけなら頷ける。だけど、中身に淑やかが伴っていないので何とも言えない。

 

「そうだよー」


 言いながら矢来さんはマリ女の制服を着始めた。そういえばこの子、未だに裸だった。

 いかにもお嬢が通ってそうな制服に腕を通した矢来さん。やはり三年間通学していたとあって、ちゃんと着こなしていた。

 だけど、胸のあたりがパツパツになっている。そのせいで途端に麗しさは鳴りを潜め、ただのコスプレみたいになっていた。


「こうやって、マリ女の体操服を着た海道さんと並ぶと感慨深いね」


 私を姿見の前まで引っ張って、満足げに矢来さんは鏡に映るコスプレ二人組を見ている。

 というか、結局なぜ矢来さんはマリ女の高校に進学しなかったんだろう。

 学費ではないと矢来さんが言っていた。矢来さんが噓をつくとも思えない。だけど、矢来さんは真実も語っていない。誤魔化したんだろうか。だとしたら、込み入ったことは聞かない方がよかったりする?

 だけど、仮にマリ女で嫌なことがあって逃げ出したなら、こうやって制服を出してくることはない気がする。自らトラウマを刺激していることになってしまう。

 ただまあ、それを聞いてどうするんだって話だ。

 私は矢来さんに一方的に好かれているが、関係性はただのクラスメイト。過去を根掘り葉掘りするような間柄じゃない。

 

「うわ、律ちゃん、何その恰好」

「あ、お母さん! わたしの中学の時の体操服貸してあげたんだよ。海道さんが着られそうな服なくって」


 私たちの様子を見に来た矢来さんのお母さんの顔は引きつっていた。


「う、うーん。その恰好で電車乗って帰るのはどうなのかしら……」

「なにかマズイですかね?」

「マズイっていうか、補導か拉致されそうよねえ」


 補導は別に良くない? いや、高校生が中学の体操服着てるのは恥ずかしいけどさ。


「拉致って大袈裟ですよ。言っても二駅ですし」

「でも、もう結構遅いわよ?」


 言われて勉強机に置いてあった置時計を見る。時刻は二十一時前。夜ご飯を頂いたり、風呂に入ったりで想像以上に時間が経っていた。


「明日お休みだし、よかったら泊まっていく?」

「え、ええっ。いや、それは」

「いいね! そうしよう! お母さん天才!」


 たじろぐ私をよそに矢来さんはハイテンションになっていた。


「クリーニングは私が明日朝一で出しに行くからさ」


 ぶっちゃけ明日は暇だ。しかし問題はそこじゃない。

 矢来さんの家に泊まる、その一点に尽きる。

 何をされるかわかったもんじゃない。というかだ、風呂場であんなことあった手前お泊まりなんて私のメンタルが持たない。矢来さんは気にしてない風だけど、それでもだ。


「今夜は夜更かしだ! わたしコンビニでお菓子買って来るね!」


 私の回答を待たず、矢来さんは家から飛び出していった。嵐のような人だ。


「……ごめんなさいね、うちの子うるさくて」

「ああ、いえ……」

「あんまりこういう事を言いたくはないけど、律ちゃん、綴と仲良しって訳じゃないわよね」

「えっ」

「どうしてバレたって顔ね。まあ、親だから綴が何を考えてるのかはわかるの。律ちゃんの考えはわからないけど」

「……そうですね、ぶっちゃけ初めてまともに会話したのは最近で」

「あの子に友達がいるなんて聞いたことないもの。だから、今日帰ってきたら律ちゃんがいてびっくりしたわ」


 私は今この状況にびっくりしてますが。


「というか、それがわかってて私に泊まる事を勧めたんですか?」

「あはは、やっぱり怒ってる?」

「怒ってはいませんが……。不思議なだけで」

「親心ってやつね。あの子、友達を泊めたことはおろか家に連れてきたことすら数度しかなくて。……なんて、それでよその子に迷惑かけてたら元も子もないでしょうけど」


 矢来さんのお母さんは困ったように笑った。

 矢来さん自身は自分の境遇に思うところは少なそうだけど、お母さんは違うみたいだ。

 年頃の娘が友達の一人もいない様子だと心配しても当然だけど。


「でも、綴が家を空けたのは好都合ね。もし律ちゃんが嫌って言うならもちろん帰ってもいいのよ? 私が適当な理由つけておくし」

「これで断ったら、私だいぶ薄情者じゃないですか」

「大人って卑劣ねえ」

「自分で言わないでください……」


 初対面の大人に対して失礼な気もしたけど、これぐらい言わせてもらったってバチは当たらないだろう。


「わかりました。まあ、私もこの恰好で帰るのはあれですし、今夜はお世話になります」

「……律ちゃんできた子ね、綴に爪の垢を煎じて飲ませてくれない?」

「前向きに検討したいですね、それ」


 娘の悪口を言われているのに、お母さんは嬉しそうに笑っていた。

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