第76話
『なんか、優は相変わらずだった』
大層に不満成分が含まれた声がスマホから響いた。
あの後、程なくして解散となった。
現在は各々の家から通話をしている形だ。
「改心したとはいえ、人を手玉に取るのは上手みたいね」
『海道さんも気を付けてね?』
「見崎さんに騙されないように?」
『そうだよ。海道さん、ちょろいから』
「失礼な……」
事実だけどさ。
『ところで、海道さんは今何してるの?』
「ん、どうして?」
『いやね、声がやけに反響してるから。お風呂なのかなって』
「あら、よくわかったわね」
矢来さんの推察通り、私は絶賛入浴中だ。
既に一通り洗い終え、湯船に身体を沈めていた。
『ごめんね、変なタイミングで電話しちゃったみたいで』
「別に。迷惑だったら断ってるし」
『そっか。ならよかったよ』
その声がした後、壁に立てかけていたスマホの画面が変遷する。
通話画面の代わりに画面に映ったのは矢来さんの顔だった。
どうやらビデオ通話にしたらしい。
「どうしたの? 急に映像出して」
『……あっ、そっか。これ押したところで、こっちから海道さんは見えないのか……』
明らかに落胆したような声。
矢来さんは自分の顔を映したかったのではなく、私側の映像が見たかったようだ。しかし当然ながら、そのためには私がスマホを操作する必要がある。
「なに覗き見ようとしてるのよ」
『お風呂中って聞いて』
「男子中学生じゃないんだから」
ため息を吐きつつも、私はスマホを手に取って幾度かタップした。
『って、言いながら見せてくれる海道さんは優しいよね』
「別に減るもんじゃないし」
相手が他の人ならいざ知らず、矢来さんにならお風呂中を見られたって問題はない。何度か裸の付き合いもしている。
そもそも、スマホの角度的に身体は見えないだろうし。拝めてもせいぜい湯船からはみ出た肩ぐらいだ。
『わたしはもうお風呂済ませちゃったから、ごめんね』
「何に対しての詫びよ、それ」
『裸を見せてあげられないこと?』
「私が見たがってるみたいじゃない」
『見たくないの? ……って、このやり取り何回かしたね』
「そうね。正直、飽きた」
『毎回、海道さんが素直じゃない反応をするからわたしは好きだよ』
「はいはい」
拗ねた私はブクブクと鼻あたりまでお湯に顔を沈める。
『海道さーん、身体はともかく顔ぐらいちゃんと見せてよー』
潜望鏡のように目から上しか露出させていないことに矢来さんが文句を言う。
『顔を見せてくれたら、わたしも今この場で脱いであげる!』
「…………」
何というか、そう言われると尚更顔を上げにくいのだけど。
しかし、私は魚ではない。鼻まで湯に沈めていると当然息はできず、徐々に肺から酸素が失われていくのを実感する。
心肺機能が強いわけでもない私は、すぐに限界を迎え空気を求めて水面から浮上した。
「ぷはっ」
『あ、出てきた。やっぱり見たかったんだね』
「ち、違う……。これは息継ぎよ……」
息も絶え絶えに私は否定するけれど、矢来さんは聞こえていないのか、はたまた聞こえていないフリをしているのか本当に服に手をかけ始める。
「はぁーっ、はぁーっ……な、なんで本当に脱いでるのよ」
『え、だって海道さんが顔を出したから』
「そりゃ呼吸のためにいつか出てくるでしょ……」
しかし、私の反論も虚しく既に矢来さんは上半身裸になっていた。
幸いなことに、顔を中心に捉えている画角の都合上、上乳あたりまでしか映っていない。
『……』
「……」
『……なんかこれ、恥ずかしいね』
「アホなの?」
頬を掻く矢来さんへ思わず感想をそのまま伝えてしまう。
いやまあ、実際アホなんだけど。絶対に後先なんて考えてない。
『……ね、わたしだけ見せてるのって不公平じゃないかな? 海道さんもちゃんと見せてよ』
「勝手に脱いでおいて何を言ってるの?」
『うん、まあ、そうなんだけどさ』
「……ま、いいけど。ちょっとだけよ? あと、スクショとか撮ったら本気で口きかないから」
我ながら甘いなあと思う反面、やはり恋人に求められるのは嬉しい。
たとえそれが肉欲的なものであっても、矢来さんから向けられる感情だと不快感はなかった。
ということで、スマホを手に取り目線より少し高めに掲げる。
……当たり前だけど恥ずかしい。裸体を自撮りする機会なんて、私の人生史上初だ。
「でも、直接見ようと思えば見られる立場なのに、矢来さんも物好きね」
『海道さんはわかってないなあ……』
なんで馬鹿にされてるんだろう?
『ビデオ通話で裸を見せるなんて、恋人じゃないとしない……ううん、恋人でもそうそうやることじゃないよね』
「わかった上で私は辱しめを受けているのね……」
『その背徳感がいいんだよ!』
「そんなに力説されても」
私にはあまりよくわからない世界だ。
確かにドキドキと胸が高鳴っていることは認めよう。
でもそれは、あくまで矢来さんに身体を見られているからであって、スマホで撮影した映像だからどうかは関係ない。
だけど、矢来さんからすればそこがフェチポイントらしい。
『あれ、海道さんは共感してくれない感じ?』
「まあ、正直」
『なるほど。海道さんは実物派と』
「その言い方はやめない?」
なんだか私が変態みたいだ。矢来さんの方がよっぽど言っていることがヤバいのに。
『だけど、そうだね。また一緒にお風呂入ろうね』
「そうねえ……。どうせなら、温泉とか行きたいかも」
『うーん、高校生だけで行けるようなところってあるのかな』
「そんな大層な温泉地じゃなくたって、スパとかあるじゃない」
『なるほどねー。わたし、そういうとこ行ったことないや』
「なら、いい所あるわよ。ほら、矢来さんプールに行きたいって言ってたでしょ?」
今日の昼のことだ。私の水着姿(小学生時代)を見た矢来さんが唐突に言い出した。
「大きな室内プールと、これまたデカい温泉が併設された施設があるんだけど」
『あ、それCМで見たことあるかも』
「うん。それで合ってると思う」
『ほえー、海道さんは行ったことあるの?』
「何回か、ね」
『家族で?』
「家族でもあるし……友達と行ったこともあるかしら」
『……ふーん、そうなんだ』
今の今まで楽しそうに話していた矢来さんの声のトーンが明らかに落ちる。
それは表情にも出ていて、顔に影を落としていた。
こういう時、ビデオ通話だと分かりやすくていい。
「どうかした?」
『あ、ううん。ヤキモチ焼いてるだけだから、大丈夫だよ』
滅茶苦茶斬新な宣言をされてしまった。
矢来さんからすれば、そんな楽しげな場所に私が他の人と行っていたことが不満なんだろう。
それもプールだけならまだしも、温泉ときた。つまり私の身体を見た人がいる。温泉なのだから当然のことなんだけど、独占欲の強い矢来さんだ。いくら過去のことでも、嫌なものは嫌になるはず。
まあでも、それを口にするだけ矢来さんは可愛い。私なら抱え込んで勝手に不機嫌になってるところだ。
「ふふ、拗ねないの。お詫びにとっておきの水着で行くから」
『本当に?』
「ホントホント。……って言いたいところだけど、水着持ってないのよね」
『え……じゃあ、とっておきの水着は?』
「うん。だからね、矢来さんに選んで欲しいなって」
『なるほど! うん! 任せて!』
目をランランと輝かせて矢来さんは元気を取り戻す。
私にやたらとガーリーな服装をさせたがる矢来さんのことだ。きっと水着もフリルとかがついた可愛いやつを選ぶのだろう。
だけどまあ、矢来さんが選ぶものなら私は従うまでのこと。
矢来さんが喜んでくれるのなら、それに勝るものはない。
矢来さんの笑顔、プライスレス。
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