第75話

 結局、誰一人として調の味方をすることはなく、調は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 けどまあ、調という尊い犠牲のお陰で、さっきまでの重苦しい空気は消えた。

 

「……まあ、お姉と矢来さんがこの場に居合わせた理由はわかりました。そんなに心配しなくてもとは思いますが、心遣いには感謝します」


 依然として血色のいい顔を上げて調は礼を述べる。


「ううん、全然。というか、お節介だったよね」

「お姉様がお人好しなのはずっと変わりませんね」

「……わたし、優が言うほどいい人じゃないよ」

「……はぁー」


 矢来さんがまたも負のスパイラルに陥ったのを見るや否や、見崎さんは露骨にダルそうなため息を漏らした。


「あのですね、お姉様」

「うん?」

「はっきり言いますけど、私は本当にお姉様から謝られる理由なんてないんですよ」

「……でもわたしは」


 口を開こうとする矢来さんに、見崎さんは言葉を重ねてそれを封じる。


「だって、正直言ってお姉様にはもう全くと言っていいほど興味ありませんし」

「……え?」

「私には調がいますからね。お姉様は既に過去の女です」


 過去の女呼ばわりされた矢来さんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆けていた。

 物凄い言いように思わず私も顔を引き攣らせてしまう。


「それとも何でしょう。お姉様は私を狙ってるんですか?」


 挑発するように見崎さんは目を細める。


「なっ、そんなわけないよ! わたしにだって海道さんがいるんだから!」


 グイっと腕を引っ張られる。

 矢来さんは売り言葉に買い言葉で見崎さんに対峙していた。これはもう完全に見崎さんの術中にハマっている。

 少々手荒だけれど、私の存在を利用した見崎さんなりの解決法だ。


「でしたら、私に執着しなくたっていいと思いますが」

「わたしが、優に執着……」


 見崎さんのその言葉は矢来さんにやけに響いたようだ。

 ま初めは見崎さんが矢来さんへと偏執を抱いていたのに、気がついたら立場が逆転していた。しかし矢来さんは今の今まで、見崎さんは自分に執着をしていると勘違いをしていたのだ。

 マリ女から去って見崎さんとの交流が減った矢来さんからすれば、見崎さんはまだルームメイト時代の見崎優のままなんだろう。

 だけど、見崎さんは精神的にも成長をしていた。すると矢来さんの感覚と、実際の見崎さんに齟齬が生じた。

 まあ、急に人の見方を変えろって言うほうが難しいのはわかる。それも、一年間も同じ部屋で過ごしていた相手なら尚更。

 

「ま、ですからお姉様は私なんかに目を向ける暇があるなら律さんを見てあげてください」

「これ以上見られたら穴が空くかも」

「あら、律さんもそれが本望では?」

「かもね」


 見崎さんと揃ってクスクスと笑い合うと、私の腕をつかんでいる矢来さんの力が更に強くなった。胸を押し付けられているどころか、谷間に腕が挟まっている。どういう状況だ。


「どうしたの?」

「……なんか、優と楽しそうに話してたから」

「……」


 可愛いかよ。顔がニヤついて仕方がないけれど、隠そうにも手は矢来さんに取られている。


「ふふふ、作戦成功ですわね」


 満足そうに見崎さんが頷く。

 なるほど、こうやって女を手玉に取ってきたのか。

 見崎さんの手腕が発揮された日だった。

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