第77話

「え、水着ってイオンで売ってないんだ」

「そりゃ、冬だもの。全くないわけじゃないでしょうけど、正直アテにはならないわね」

「イオンにないものってあるんだね」


 矢来さん、イオン信仰すごいな……。


「それにイオンに置いてる水着って、可愛くないでしょ」

「そう、なのかな? わたし、スク水以外水着を持ったことがないから」

「……矢来さんも水着買えば?」

「だね。中学時代のスク水しか選択肢がないのは困るや」

「そもそもサイズ的に入らないでしょ、それ……」


 矢来さんの胸部、たわわに実った二つの果実を見やる。

 今の矢来さんが中学時代のスク水なんか着たら、もはやそういうお店だろう。


「でも、それならどうしてわたしの家に行くの? 水着屋さんじゃないよ、うち」

「はぁ……矢来さんは本当に現代人?」

「え、なんか煽られてるよ。海道さんが相手でも流石にムカつくね」


 という割にはニコニコしているような。

 

「まあ、何でもいいや。海道さんがうちに来てくれる分には良いことしかないし!」


 秒で機嫌を戻した矢来さん。

 言ってる間に、お目当ての矢来邸――の入っているアパートが目前になっていた。

 鉄製の螺旋階段を登る。

 クリスマスを二週間後に控えた、本格的な冬の冷気にさらされた手すりはビックリするほど冷たかった。

 矢来さんが家の扉の鍵を開く。

 今時、円筒錠も珍しいよな……と謎の感慨に耽っているうちに扉は開いた。


「お邪魔します」


 矢来さんのお母さんはいないけれど、ルーティン的に口にした。


「はーい。手洗ったら、部屋で待っててね」

「うん」


 もはやお互い慣れた手付きで、各々の行動に移る。私は洗面所で手洗い、矢来さんはお茶やらの準備に向かう。

 お湯が出るのを待つのがまどろっこしく、キンキンに冷えた流水で手を洗った。

 かじかむ手をさすりながら矢来さんを待つ。


「お待たせ! ん、海道さん寒いの?」


 手をこねて暖を取る私を見て矢来さんが首をかしげる。


「そりゃね」

「ごめんね、この部屋暖房ないんだ」

「知ってる。よく生きてられるなと感心するわ」


 夏場は冷房代わりに扇風機が首を回していたけれど、冬場は本当に何もないらしい。

 

「実際死にかけだよ。だからね……んしょっと」


 矢来さんがゴソゴソと開いた押入れから何かを引っ張り出す。

 振りかえってこちらを向いた矢来さんの手にあったのは、真っ白な毛布だった。


「普段はこれにくるまってるんだ」

「な、なるほど」


 いけないいけない。図らずも可哀想だと思ってしまう自分がいた。

 いやでも、そんな寒さのしのぎ方ある? 遭難でもしてるみたいだ。

 矢来さんはご自慢の毛布を頭から被り、顔だけを外に出した。

 こんなポケモンいたような。クルマユだっけ。


「海道さんも入る? あったかいよ」

「じゃ、お邪魔するわ」


 矢来さんが毛布を高く掲げてくれるので、その中に身を寄せる。

 私が入ったことを確認すると、矢来さんは腕を降ろした。

 それなりに重い毛布のようで、ズシリと存在感が頭部にのしかかる。


「んー、海道さんも一緒に入ってるなら顔出しとく意味はないよね」


 言って、矢来さんは私を含めて完全に毛布で覆い隠した。

 狭い一枚の毛布、その中の世界に隔絶される。この世界の住人は私と矢来さん二人だけ。

 光と音が消えた世界で、矢来さんの静かな呼吸音だけが耳に届く。


「海道さん、もうちょっとこっちおいで。身体、はみ出してるよ」

「ん」


 言われるがままに矢来さんへと擦り寄る。

 肌と肌が触れ合う、どころか腕を回していないだけで殆ど抱き合ってるような近さだ。

 

「えへへ、あったかいね?」

「こんだけ近かったらね」

「うん? わたしは毛布の話をしたんだけどなぁ」

「はいはい」


 暗くて見えないけれど、どうせ矢来さんはニンマリとした意地の悪い笑顔を浮かべていることだろう。

 しかしまあ、本来の目的であった寒さをしのぐことには成功している。

 ちょっと息苦しいのはご愛嬌だ。その分、矢来さんと密着できているから文句はない。

 寒さ問題を解決できた私は、ポケットからスマホを取り出す。


「ん、スマホで何するの?」

「何って、今日の目的忘れたの?」

「……なんだっけ」

「もう……。私の水着、選ぶんでしょ」

「あ、そだったね。でも、どうしてスマホ?」

「んっとね……はいこれ」


 私が矢来さんに見せたスマホの画面には、通販サイトのトップページ。

 このご時世、水着でなくたってオンラインショップで服を買うことは普通のことだ。

 もちろん、実店舗で試着するに越したことはない。

 だけど今回のように季節外れのアイテムを求める際は、通販の方が手っ取り早く済む。

 検索ボックスに水着と適当に打ち込んでから、矢来さんに手渡す。


「はい。勝手に触っていいから、選んでちょうだい」

「うん……。ほえー、すごいね。わたし、こういうの使ったことないや」

「でしょうね」


 水着を買うとなって、第一候補がイオンじゃあ無理もない。


「うーん、でも」

「どうかしたの?」


 大して調べることもなく、矢来さんは困ったように首をひねる。


「わたし、海道さんのスリーサイズとか知らないよ?」

「……確かに。なら、ちょっと貸して」


 矢来さんからスマホを返してもらう。

 

「検索設定検索設定……あった。ここで、だいたいのサイズを入れて絞り込めば…………」

「……海道さん?」

「……いや、私も自分のスリーサイズなんか胸しか知らないわ。それもカップ数であって、バストサイズじゃないし」

「なら!」


 突然矢来さんかが立ち上がる。その拍子に被っていた毛布もどこかへ吹っ飛んだ。

 身体が冷気にさらされて身震いする。


「測ろう! 今! ここで!」

「……まあ、それしかないか」


 矢来さんになら、知られたって問題はないだろう。外に出して恥ずかしいスタイルをしているつもりもないし。

 

「じゃあメジャー持ってくるから、海道さんは服脱いで待っててね」


 何を焦っているのか、矢来さんは矢継ぎ早に部屋から出て行った。

 もはや私を脱がせたいだけだろうとツッコミたくなったけれど、今回ばかりはちゃんとした目的があるので仕方がない。

 サッサと脱いでしまおう。制服とヒートテック、それからタイツを身から剥がし、畳んで部屋の隅に置いておく。

 

「……さむ」


 当然だけど寒い。ヒートテックやタイツで着こんでいても寒かったのに、今は上下ともに下着一枚だ。体の芯から冷えていくのを実感する。


「お待たせ~って寒そうだね」

「うん。だから、早くお願い」

「おっけ。任せておいて……と言いたいところだけど」


 メジャー片手に私の背後へと回り込んだ矢来さんは、言葉を途中で止める。

 そして、僅かながら私の背中で金属が擦れる音がした。


「なにホック外してるのよ」


 つまるところ、矢来さんは私のブラのホックを勝手に外していた。

 肩紐が引っかかているので突然ずり落ちることはなかったけれど、立派なセクハラだ。


「正確さを求めて」

「それっぽく言えばいいと思って」


 言葉とは裏腹に私は肩から肩紐をずらして、ブラを床へと追いやった。


「ほら、寒いから早くして」

「ふっふっふ、任せてね」


 私が平行に上げた腕の下からにょきっと矢来さんの手が伸びてくる。

 

「えっと、トップってどこだろ……」


 仕方がないと言えばそうなのだけど、矢来さんは遠慮なく肩越しに私の胸を覗き込んでくる。


「えへへ、こうやって並ぶとやっぱり海道さんは小さいねえ」

「あなたが大きいのよ……」


 私たちの身長差は多分並みの男女カップル程度にはある。

 なのでこうやって真後ろに立たれると、完全に見ろされる形になる。


「よし、じゃあ測るよ。動かないでね」

「ん」


 トップの位置を見定めた矢来さんがメジャーを私の胸にあてがう。

 下着をしていないので当然だけど、メジャーが先端をかすめた。

 無心無心……。

 と、心を殺す暇もなく矢来さんの手はすぐに下げられた。


「はい、測れたよ。八十五センチだって。おっきいね」

「これには勝てないけど」


 後頭部で矢来さんの胸を小突く。うわ、なんだこのヘッドレスト。将来車を買うならオプションでこのヘッドレストにしたい。


「水着ってアンダーはいるのかな?」

「さっきのサイトを見た感じアンダーを入れる欄はなかったかな」

「じゃ、いっか。ならばお次は……お尻だ!」

「わかったから、早くして。寒いの」


 ハイテンションなところ悪いけど、本当に冷えているので手早く済ませてほしい。


「では失礼して……んっとね、八十一だって」

「バストが八十五で、ヒップが八十一……っと」


 忘れないうちに、検索設定に採りたてほやほやのデータを入力する。

 

「もういいわよね?」


 測るべきサイズはもうないはずだ。部屋の隅に畳んでいる衣服の元へと向かう。

 私がいそいそと服を着始めると同時に、矢来さんは逆に制服を脱ぎ始めた。


「なんで矢来さんが脱いでるの?」

「ん、わたしも測ってもらおうと思って」

「ああ……。矢来さんも水着買うのね」

「うん! じゃないと海道さんと一緒にプールいけないからね」

「りょーかい。なら、ささっと済ませちゃいましょう。風邪ひきそうな寒さだし」


 と、流れで矢来さんの測定も決まった。 



「なにこれ……」


 矢来さんのバストを測った私が絶句したのは言うまでもない。

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