第78話
「……人、あんまりいないね」
「まあ、クリスマスイブにプールに来るなんて物好きあんまりいないでしょ」
今日は十二月二十四日。
何千年か前に中東で生まれた髭のおじさんの誕生日を祝うお祭り、その前日にあたる。
そう考えると、私は例のおじさんと誕生日を同じとしているのか。
別に嬉しくはないが。
「けど、これってほぼ貸し切りってことだよね?」
「ええ。プールはおろか、温泉の方も空いてるんじゃない?」
建物に入ってすぐにある、受付を兼ねたメインホールには、私たち以外に片手で数えられる程度の人しかいない。この調子だと、肝心のプールや温泉も過疎ってることだろう。
一応、ここいらのスパ施設としては最大規模で、夏には人でごった返しているのだけど、さすがに真冬、それもクリスマスイブとなるとそうもいかないようだ。
暇そうにしているスタッフに入館の対応をしてもらい、エレベーターでプール用の更衣室へ向かう。
「プールなのにエレベーターって、なんか不思議だね」
「言われてみればそうかもね。最上階にプールだなんて、変かもしれない」
「最上階ってことは、景色もいいのかな」
「一応、テラスみたいなところもあるけど……。冬だから、当たり前だけど寒いわよ」
露天風呂ならともかく、プールでは寒空の下暖を取ることはできない。
エレベーターは程なくして私と矢来さんを目的の階層へと運んだ。
右手にある女子更衣室へ。
大量のロッカーが並んでいる更衣室だけど、この部屋には今のところ私と矢来さん以外には誰もいないようだ。
それどころかあらゆるロッカーに鍵がついたままで、それはつまり利用者が少ないことを示していた。
「わたし、ここにするー」
グルグルと周囲を見回して、狙いを定めた矢来さんがロッカーに駆け寄る。
「何処でも空いてるんだから、わざわざこんな端っこ使わなくたって」
矢来さんが選んだのは、プールへの入り口から最も離れた更衣室の角にあるロッカーだった。普段なら一番最後まで残っていそうな場所なのに、あえてここを選ぶあたり矢来さんはよくわからない。
「ここなら海道さんを他の人に見られる心配はないからね!」
「……他の人って?」
振り返って再度確認するも、相変わらず他に客の姿は認められない。
「と、とにかく他の人は他の人だよ。もしかしたら、誰か来るかもだし」
「それはそうかもしれないけど……。そもそも、私別に全裸になる予定はないわよ?」
「え? 今から水着に着替えるんだよね?」
「もちろん」
「……裸にならずに? あ、もしかして服の下に水着着てきたとか」
「そんな小学生みたいなことしないから……」
矢来さんの馬鹿な話に反論しつつ、私は鞄からバスタオルを取り出した。
「でも確かに、これも小学生っぽいか……。ほら、矢来さんも持ってるでしょ? ボタンがついてて身体を隠せるバスタオル。この中で着替えるんだから、誰かに見られる心配なんてないわよ」
「……わたし、そんなの持ってないよ」
「はい?」
「ほら、わたしが持ってきたの、普通のバスタオルだもん」
矢来さんが鞄から引っ張り出してきたのは、言葉通り何の変哲もない無地のバスタオルだ。長さもそこまでないから、無理矢理身体に巻きつけるのも厳しいように見える。
「矢来さん、あなた中学の時とかどうしてたの?」
「どうって、普通に全部脱いでたよ?」
「周りの子は隠してたと思うんだけど」
「わたし、隠さなきゃいけないような身体してないし……。それにマリ女は、みんなスッポンポンだったよ?」
「お嬢様学校ってそうなの……? 軽くカルチャーショックなんだけど」
周りに女の子しかいないとそうなってしまうんだろうか。
いや、共学であっても更衣室は同性しかいないから絶対関係ない。
「とにかく、学校ならともかくこういう公共の場ではちゃんと隠さないと」
実演として、バスタオルを身体に巻きつける。首の下からが隠れる。
その中で身にまとっていた衣服を脱ぎ捨てた。
私としては普通のことをしているつもりなのだけど、矢来さんにとっては違うようで、滅茶苦茶に見つめられている。そんなに珍しいのかな。
「……今、バスタオルの下で海道さんは裸なんだよね?」
「そうだけど?」
「なんか、いいね!」
珍しがっているのではなく、ただ単に邪なだけだった。
不躾な視線を向けてくる矢来さんを無視して私は着替えを進める。
先日通販で矢来さんに選んでもらった水着をバスタオルの内側で纏う。
通販で買ったものだから、サイズを確認すべく家で試着をした。
ズレる様子もなく機能面では問題はなさそうだったのだけど……。
その時の、鏡に映っていた自分を思い出すと、思わず唇を歪めてしまいそうになる。
容姿に対する自己評価は低くはない方のはずだが、それでもあの姿はあまり肯定できない。
そんな様を今から矢来さんに見せなければならない。そう考えると気が重くて仕方がなかった。
……まあ、どうせ矢来さんのことだ。
可愛い可愛いと手放しで褒めてくれるんだろうけど。
まごついていても埒が明かないので、意を決して私はバスタオルを脱いだ。
きっと、矢来さんからすれば待望の私の水着姿だ。その瞬間を、矢来さんは一秒たりとも見逃さないと言わんばかりに、元々大きな目を更に見開いていた。
矢来さんが私に選んでくれたのは、淡いピンク色を基調とした、フリルが多くあしらわれたワンピースタイプの水着だ。
披露された私の水着姿を、矢来さんが私の身体に穴が空くんじゃないかって勢いで見つめてくる。
既に裸の付き合いはしたことがある仲だから、肌をさらすことに抵抗はない。それなのに、むしろお風呂以上の緊張を感じる。
頭のてっぺんから足の先まで、余すことなく私を舐めまわすように品定めした矢来さんは、一度大きく深呼吸を挟んでから頷き、静かに口を開いた。
「かわいい……」
「……どうも」
なんというか、いつも大袈裟な矢来さんが淡々と心から声を漏れ出していると、本気でそう思ってるんだろうなと実感し、かえって気恥ずかしい。
「……」
「いや、なんか喋ってよ。黙られるとガチ感凄いから」
「実際ガチだよね」
「そ。なら、矢来さんは自分を褒めることね。これ、選んだのあなたなんだから」
「それ程でもある!」
私の言いつけ通り、矢来さんは胸を張って自らの功績を示した。
「さ、私ばっかり構ってても仕方がないんだし、矢来さんも早く着替えなさい」
「そだね。わたしの水着姿も、海道さんに見せてあげないとだし」
それじゃまるで私が矢来さんの水着姿を見たがってるようだ。大当たり。
「んしょっと」
その掛け声は必要か? という疑問はさておき、声を出しながら矢来さんは服を脱ぎ始める。私服から水着へ至る道中、一度全裸を経由するが当然その間矢来さんは身体を隠すなんてことはなしない。
この場には私しかいないとはいえ、いくらなんでも惜しげがなさ過ぎる。
というか、普通にドキドキするのでやめて欲しい。どこを見ていいのかわからなくなる。
マジマジと見つめるのもおかしな話だし、かといって露骨に目を逸らすのも意識しているのがバレバレで嫌だ。
なんて、ちっぽけなプライドがジレンマで揺れていると、矢来さんは乳を揺らしながら水着になっていた。
「ってなにその、その……!」
滅茶苦茶エッチなんだけど!?
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