第73話

「砂肝最高ですわ~」


 妙な似非お嬢様言葉をのたまいながら見崎さんは歯切れのいい音を立てながら砂肝をさぞ美味しそうに頬張っていた。

 矢来さんが作ったのは、私リクエストのハンバーグがメイン。ついでに見崎さんを懐柔すべく砂肝も付け合わせとして並んでいた。

 

「ぷはーっ、最高!」


 コップから口を離した見崎さんはさも酒飲みのような反応をしていた。中身冷たい紅茶のはずだけど。紅茶と砂肝って、どんな食べ合わせ……? もしかしなくても、見崎さんの味覚は個性的らしい。


「でも、本当に美味しい。矢来さんはお姉と違ってお料理できるんですね」


 ハンバーグに口をつけていた調が言う。恋人を褒めてもらえて嬉しいような、私がけなされていてムカつくような何とも言えない気分だ。


「調ちゃんはお料理しないの?」

「しませんね。この姉を見て育ったので」

「なんで私のせいなのよ」

「ホントのことだもーん」


 ム、ムカつく……。

 しかし矢来さんがいる手前、無様な姉妹喧嘩を繰り広げるわけにもいかない。

 ここは年長者として、牙を収めることにしよう。調をしばくのは、矢来さんが帰ってからでいい。


「やっぱり、二人は本物の姉妹って感じだね」


 バチバチと視線を交わらせる私と調を見て、矢来さんがしみじみと言う。


「まあ、血を分け合ってるし」

「顔はあんまり似てないですけどね。私はお父さん似で、お姉はお母さん似だから」

「そうかな? わたしにはどっちも可愛く見えるよ!」


 矢来さんが私たち姉妹を見比べて褒めてくれる。

 だけど、私は素直に喜べなかった。

 だって、これだと私と調が同列で語られているみたいだから。

 もちろん矢来さんに私と調を比較する意図はない。

 矢来さんのことだから、お世辞でもなんでもなく、本当に二人とも可愛いと思っているのだろう。

 そんな純粋な矢来さんの賞賛を、浅ましくも私はモヤモヤとした気持ちで受け止めている。

 この感情が面倒くさいものだと自覚しているから、顔には出さない。

 それなのに。


「でも、やっぱり海道さんの方が可愛いかなー。って、妹ちゃんも海道さんか。あはは」


 まるで私の心中を看破したかのように、矢来さんは私の心に溜まった汚泥を掬い上げる。

 それだけで、今しがた胸を覆っていた靄がサッと晴れていく。

 全身を巡っていた薄暗い感情は消えさり、代わりに得も言われぬ温かいものが血液として流れ出した。その効果か顔が熱い。パタパタと手で煽っても、身体の内から発せられる熱だから冷めはしない。

 

「……お姉、顔やばいよ」


 そんな姉の様子を見ていた調が顔を引き攣らせながら言う。


「ヤバいってなによ」


 などと反論したみたけれど、正直人に見せられる顔でないことはわかっていた。

 確認するまでもなく、私の口角は上がり薄気味悪い笑みを浮かべていることだろう。


「あの冷め冷めひねくれ天邪鬼のお姉が、こんな風になっちゃうなんて」

「……自分でも驚きだらけの毎日よ」


 本当に、私は変わってしまった。もちろん悪い意味ではない。


「不束者の姉ですが、これからよろしくお願いします」


 調が矢来さんに頭を下げる。いったい何様だ。


「うん? もちろん! 海道さんはわたしが幸せにするよ!」


 なんて、またも矢来さんは恥ずかしいことをおくびにも出さすに言ってのけるのだから、また私の体温が上がるのは言うまでもなく。


「……なるほど。これはお姉も落とされるわ」


 もはやタラシみたいな言動を繰り返す矢来さんに、調はそんな感想を抱いていた。


「だけど、これで家族公認だね。海道さんはうちのお母さんに挨拶済みだし……」

「えっ、お姉、もうそこまでいってるの?」

「挨拶って言っても、別に付き合ってることをカミングアウトしたわけじゃないから」

「そりゃそうだろうけど……。私も負けてられないな」


 調はよくわからない対抗意識を私に対して持ったようだ。

 この様子だと、調はまだ見崎さんの両親とは会ったことがないらしい。

 しかしまあ、見崎さんは明らかにお嬢だ。となると、親御さんも高貴であるのが自然なことで。

 ……緊張するだろうなあ。矢来家は庶民的だったから、すぐに慣れてしまったけど。


「ま、調なら大丈夫でしょ。あなた、私と違って愛想良いし」

「お姉が無愛想すぎるんだよ」

「そこが海道さんのいいところだよね……」


 うんうんと、矢来さんが頷く。

 ……いくら褒めてくれるのが嬉しいとはいえ、そろそろ黙って欲しいわ。

 

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