番外編 「11月11日」
とある何でもない平日。その日はお互いに大学で授業をこなし、真っ直ぐに私たちの家に帰ってきていた。
そしてソファーで身を寄せあい、かと言ってすることもなくスマホを眺めていた時だった。
「ねね、海道さん。今日が何の日か知ってる?」
耳のすぐ隣で矢来さんが聞いてくる。
「今日? さあ、知らないけど……というのは嘘で」
ごめんね、と一言付けてから私は矢来さんから離れ、学校帰りに寄ったスーパーの袋を漁る。
赤の特徴的なパッケージを手に持って、私は矢来さんのもとへと戻った。
「これでしょ? ポッキーの日」
私が買って帰ってきていたのは、グリコから発売されている棒状のクッキーにチョコがコーティングされたお菓子――ポッキーだった。
この棒状のお菓子が並んでいることに見立てて、グリコは11月11日をポッキーの日だと言い張っている。ちなみに、同じくグリコが販売している棒状のお菓子のプリッツも記念日なのだけど、こちらは影が薄い。
「海道さんも知ってんだ。わたしも買ってきちゃったよ」
「そりゃちょっと困ったわね」
私たちは二人ともあまりお菓子を食べない。にもかかわらず同じお菓子が二つもあると、消費されるのはいつになるんだろう。
「じゃあさ、ゲームしようよ。ゲーム。それに負けた人がポッキーを責任もって処理するってのはどう?」
「……ゲーム、ね」
何ともまあ、わっかりやすい誘導である。でも、矢来さんにしては自然な流れか。
てっきり何の理由もなく提案されるかと思っていたし。
「それ、ポッキーゲームってやつ?」
「そう! ルールはね」
「大丈夫、知ってる。両端を咥えて食べ進めて、先に口を離した方の負けってやつでしょ?」
一応認識に相違がないか確認をするためにルールを暗唱する。
「わかってるなら話が早いね」
言いながら矢来さんはポッキーの箱を早速開け始めた。
「ん」
包装も剥いだ矢来さんはチョコのついていない側のポッキーを咥え、私に向き直った。
私も同じように口をつける。チョコレートの甘味が口に広がった。
「ひゃあ、ひふおー」
多分、じゃあ行くよーって言ったんだろう。矢来さんはゆっくりと、リスのようにポッキーを齧り始めた。
待っていても仕方がない。私もちまちまと咀嚼していく。
ずっと咥えたままって結構難しいな……。
カリカリとクッキーが削れる音と、口がふさがれている分少し荒い鼻呼吸だけが部屋に響く。
当たり前だけれど、段々と矢来さんの顔が近づいてきていた。
今ではもう目と鼻の先だ。
ポッキーゲームの本質はここらあたりからだろう。
どちらが先に口を離してしまうのか。一種のチキンレースだ。
……そのはずなんだけど。
「はむっ……んっ、ちゅっ……」
可食部がなくなると、そこに残っているのは矢来さんの唇だけだ。
ついにはゼロ距離になってしまった矢来さんと私は交わり、まるでまだポッキーが残っているかのようにお互いを食み合う。
「んちゅっ……んへへ、海道さんの口、わたしと同じ味がする」
もはやポッキゲームってなんだっけというぐらにはキスをして、やっと口を離してた矢来さんは笑いながら口元を拭う。
「ねえ、これどっちが勝ちなの?」
わかりきっていることだけど、私は矢来さんに聞いてみた。
「ルール的には……引き分け?」
「……そうよねえ」
「というかだよ。わたしも海道さんも、キス拒むわけないんだからそもそも破綻してるよね」
「まあ……」
チキンレースどころか、ポッキーを食べきれば待っているのはただのご褒美だ。そんなの、私も矢来さんも口を離すわけがない。
「これ、カップルでやるものじゃないのかもだね」
「あ、なら先に口を離した方が負けにしない?」
私は咄嗟に思いつた案を口にする。うん、我ながら名案だ。
「お、いいね。それでもっかいやろう!」
矢来さんも乗っかってくれたので、再戦となる。
……結局二箱分やっても、決着はつきませんでしたとさ。
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