第72話

 スーパーでの買い物を終えて帰宅した私と矢来さんは、先に戻っていた調と見崎さんに出迎えられた。私たちの方が近所のスーパーへ行っていたはずなのに、やたらと早い帰還だ。


「あら、お二人ともおかえりなさい。それ、持ちますよ」


 まるで家主のように慣れた様子で見崎さんが玄関に現れ、私たちの買い物袋(マイバック)を持ってくれた。気の利く子だ。

 靴を脱いで調の待つリビングへ。

 ダイニングテーブルの上にはホットプレートがセッティングされていた。その隣で調はボウルに入った何かを一生懸命かき混ぜている。お好み焼きでも作るんだろうか。


「二人は何を作るの?」


 その様子を見た矢来さんが当然の疑問を投げかける。


「クレープです」

「……クレープ?」

「ええ、クレープ。お二人……というか、お姉様はどうせ普通のご飯を作ると思いまして。それなら私たちはデザートをと」


 さも名案を思いついたかのように見崎さんが誇らしげに言う。

 たしかに、冷静に考えて二食分もご飯があったって仕方がないので理には適っている。

 だけど、お料理バトルだとか言い出したのはそもそも見崎さんだったはずだ。

 いやまあ、適当言ってただけなのは最初からわかっていたけれど……。


「と、いうことですので。お二人からお先にお料理を初めてください」

「任されたー」


 しかし、バトルのことなんて毛頭なかったのか矢来さんは見崎さんの言動を気にも留めずキッチンへ向かったのでその後を追う。

 買い物袋から具材を取り出しながら矢来さんは言う。


「いやー、優は相変わらずだね」

「っていうと?」

「んー。昔から結構口先だけなんだよね。ああ見えて、思い付きだけで喋ってるっていうか」

「……姉に似たんじゃない?」

「わたしは口先だけじゃなくて、実際に動き出すから違うよ」


 そんな自慢げに言われてもな……。


「だから、そう意味でも心配だったんだよね」

「調のことね」

「そうそう。思ってもないことを真顔で言えちゃう子だからさ」

「……前々から思ってたんだけど、矢来さん、見崎さんに厳しいわね?」


 もちろんそれが愛から来るもの――親心に近いものなのは理解している。

 私が見崎さんの過去を直接この目で見たわけじゃないから言えることなのかもしれないけれど、それにしたって警戒し過ぎな気もする。

 私の質問に対して、動かしていた手を止めて矢来さんは答えた。


「優をちょっと間違った方向に進ませちゃったのはわたしだからね。なんて、驕りすぎかな?」

「それは私にはわかりかねるけど……」


 実際のところは見崎さんにしかわからないことだ。

 今の見崎さんは表面上矢来さんへ偏執を抱いているようには見えない。そう考えると、二人の中学時代の一件は矢来さんが危惧するほど見崎さんの本質を変化させてはないのかもしれない。

 もしくは別に矢来さんに出会ってなくとも、見崎さんは初めからこうだった可能性がある。むしろそっちが濃厚だろう。


「ま、でも私も自分のせいで調がおかしなことになったら心配にもなるか」

「でしょ? 一年間とはいえ、一緒の部屋で暮らしてきた仲だから気になっちゃうんだ」


 やはり、矢来さんが見崎さんへと向けているのは親心のようなものらしい。


「そんなわたしは優の好物だって知っている。仮にお料理対決が行われていたとしても、優はわたしに一票を投じていたね」

「ふーん、見崎さん何が好きなの?」

「砂肝」


 見かけによらず渋いな……。

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