第41話
店内に入った矢来さんは、私と手を繋いでいない方の手で買い物かごを取る。
私たちは電車を乗り継ぎ、矢来さんの家の最寄り駅まで帰ってきていた。
その駅前にあるスーパーで夕飯の買い物だ。
夜の八時を回った店内は既に混雑のピークを過ぎており、仕事帰りのサラリーマンが多い。
そんな中を、女子高生が手を繋いだまま闊歩しているのは若干目立っていないこともない。すれ違う度に、少し視線を感じた。
「みんなチラチラ見てくるね」
「まあ、仕方ないんじゃない?」
私だって、恋人繋ぎをしている女の子同士がいたら目を奪われる。悪気がなくても、好奇の目を向けてしまうのは自然なことだろう。
「海道さんが可愛いからかな」
「……それ、素なのかボケなのかわからないからやめてくれる?」
「あはは、どっちだろうね」
矢来さんの場合、本気で言っている可能性があるのが否めない。
手慣れた足取りで矢来さんは通路を縫って歩き、カゴに食材をポンポンと放り込んでいく。台所を任されているだけある。
だけど矢来さんが手に取った食材を見ても、私は何が作られようとしているのかわからなかった。なんというか、統一感がない。
「ところで、何を作るつもりなの?」
「んー? んー、んーーー、なんだろね。なんか焼いたり、煮たりするんじゃないかな」
気になった私は矢来さんに尋ねた。
しかし矢来さんの答えはイマイチ釈然としない。
「え、ええ……。そんな適当なものなの?」
「そんなものだよ。家の冷蔵庫に何があるかにもよるけどね。初めからこれを作る! って決めちゃうと、食材が高くても買わないといけないから。なら、安いやつかき集めてそれっぽくした方がいいでしょ?」
「なるほど」
なんだか、この時ばかりは矢来さんが大人に見えた。大人というか、主婦?
「あ、でも今日は海道さんがいるんだった……。流石にそんな適当なモノ食べさせるのはあれだよね」
「別に気にしなくていいいいわよ。私も、矢来さんが普段作ってるの食べたいし」
「そう? なら、このままで。あ、でも一応好き食べ物は聞いておきたいかな。今日はともかく、いつかご馳走してあげたいし」
「好きな食べ物、ねえ……」
言われて考えてみるも、パッと思いつくものがない。いやこれだと母親のご飯が美味しくないと言っているみたいだが、そうではない。
ただ、好き嫌いが少ないのだ。食べられないものもなければ、特段好んでいるものもない。
「強いて言えば、麻婆豆腐とか」
「こりゃまた工夫の難しいものを……」
なんとか捻りだした私の回答を聞いた矢来さんは頭を抱えていた。
「そうなの?」
「普通はクックドゥとか出来合いのソースを使うからね。ぶっちゃけ誰が作っても同じものができるよ」
「あ、じゃあこの前出してもらったハンバーグ。あれ美味しかったから」
「おお、あれはわたしオリジナルのソースだからね。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「オリジナルって、よっぽど料理得意なのね」
「お母さんのご飯が美味しくなかったからね。昔は死活問題だったんだよ」
たしかに、それだけ背が高く胸も大きければ摂取カロリーは多そうだ。そこに親の料理が口に合わないとなると、自分で作るしかなかったんだろう。
あとは、矢来家は母子家庭だ。仕事で忙しいお母さんの負担を減らす意味合いもあったはずだ。矢来さんのことだから、そのあたりは無意識っぽいけど。
「でも、お陰で海道さんにも美味しいって言ってもらえたしお母さんにも感謝しなきゃね」
「料理下手でありがとう、って?」
滅茶苦茶失礼だな。
「まあお母さんも自分の料理がアレなのは自覚してるし今更だけどね」
「……そういうところ、親子よね」
あっけらかんとしてるというか、開き直ってるというか。
一通り店内を回り、日用品までカゴに入れた矢来さんはレジへ向かう。
列はできておらずすぐに会計を済ませ、用意周到に矢来さんが持っていたマイバッグに商品を詰め込んでいく。こういうところを見ると、やっぱり普段から買い物してるんだなと思わされた。
「片方持つわよ」
結構な量を買っていたらしく、袋は二つに別れていた。その一方を受け持つことを私は提案した。
「え、いいよいいよ。うちの買い物だし」
オーバーに首をブンブンと振り回して矢来さんはそれを断る。
しかし、そうか。どうやら矢来さんは気づいていないらしい。
「そ。まあ矢来さんがそう言うなら」
”両手”を買い物袋に取られた矢来さんと連れ立ってスーパーをあとにする。
ここから矢来さんの家まではせいぜい五分ほど。言ってる間に到着するだろう。
人通りのない住宅街を私たちは歩いていた。
「か、海道さん」
すると、隣の矢来さんがそれはそれは心細そうな声で私を呼んできた。
こうなることを予見していた私は意地悪な笑みを浮かべ、
「どうしたの?」
と、何も気づいていない素振りで返す。
「あ、あのね、ちょっと言いづらいんだけど」
「うん」
「この荷物、片方持ってくれないかな?」
「あら、矢来さんがさっき自分で持つって言ったんじゃなかった?」
「それはそうなんだけど」
目を泳がせて矢来さんは口ごもる。
「これじゃあ、手を繋げないよ……」
と涙声に矢来さんは言った。
どうやら、ようやく気が付いたらしい。
私は初めからわかってて、荷物を持つと言ったのに。いや、最初から教えてあげてればよかったんだろうけど、なんとなく揶揄いたくなったのだ。
だけど、そこまでショックを受けられると思ってなかったのも事実。
私は返事の前に矢来さんの手から荷物をひったくった。
そして、片手を差し出す。
「はい、これでいい?」
「海道さん……。うん! ありがとう!」
なんて天真爛漫な笑顔で言われると、途端に罪悪感が募るのだった。
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