第5話

 学校では無惨な敗北を喫した私は、自室のベッドの上でスマホと睨めっこをしていた。

 画面上にはラインのクラスグループ。クラス替え直後こそ会話があったこのグループだけど、九月になった今では誰ひとりとしてメッセージを送っていない。

 各々が、仲のいい人とつるむようになったからだ。

 メンバー一覧を開く。そこにはちゃんと矢来さんのアカウントもあった。飼い猫だろうか、可愛らしい茶トラのアイコン。

 あんな美貌を持っていながら、アイコンが自分の写真じゃないのはかえって嫌味な気もしてくる。完全に言い掛かりだけど。


「……いや、クラスメイトを友達追加するぐらい普通でしょ」


 と、誰も聞いていないのに言い訳をしてから矢来さんを友達に追加した。

 ……私と矢来さんは友達か? 怪しいぞ。

 友達とすら呼べない相手と私はキスをしたのか。それもファーストキス。

 思い返すたびにムカつく。

 胸にモヤモヤを抱えながら、矢来さんに送る文章を考える。いや、適当に追加しましたーでいいんだろうけど。


『海道さんだ! どうしたの?』

「うわっ」


 ピコンとトーク画面にメッセージが唐突に表示される。私に友達追加されたことに気づいた矢来さんが接触してきたのだ。

 というか、既読付けてしまった。しかも矢来さん視点ではメッセージを送信した瞬間既読になっただろう。つまり、私が矢来さんとのトーク画面を開いたままなのはバレバレ。

 友達追加してから五分は経っているので、それまでの間文面を考えていたとばれてしまっていた。


『いや、矢来さんの連絡先知らないなって思って』


 そんな羞恥を文章に乗せるわけにもいかず、努めて冷静に返信。

 

『もう九月だよ? 勝手に追加してくれて大丈夫だったのに!』


 いや、あなたを追加する理由は昨日までなかったから。

 

『というか、わたしに何か用があるから追加したんだよね?』


 ……用があるから? こいつ、マジで言ってる?

 なに、昨日のことは私の妄想なの? 実は白昼夢か何か見せられていた?


『当たり前でしょ!』


 気づいたら、そう返していた。化粧品の話から始めて穏便にという当初の方針など忘れていた。


『つか、普通そっちから連絡しない? 昨日は悪かったって』

『わたし、何か海道さんに迷惑かけたっけ』

『かけられまくったよ。というか、現在進行形でかけられてるよ』

『それはごめんね』

『罪状把握してないのに謝るな!』


 やばい、脳内血管が破裂しそう。世界史の授業で何とかって教皇が憤死したと聞いて鼻で笑ってたけど、これがそうなのか。ごめん、グレゴリウス七世。たしかに屈辱で人は死に至るかもしれない。


『昨日、私に無理やりキスしてきたでしょ』

『あー、うん。したね』


 よかった、ひとまず私の頭がお花畑になったのではなかったらしい。


『それ! 思いっきり迷惑かけられてるでしょ、私』

『うーんでも、海道さん嫌そうじゃなかったからてっきり』


 嫌そうじゃなかった。またそれだ。この女は私の一体どこを見てるんだ。

 今だってこうして怒っているのに、どうしてそんな口が叩けるのか。


『何を根拠にそんなこと言ってるの。他ならない私が嫌だって言ってるんだけど』

『雰囲気、だね。あと顔』

『わけわかんない』


 あまりに話が通じないからまるで異世界に迷い込んだような気分になる。

 それとも矢来さんが異世界人か? そっちのほうがしっくりくる。見た目も中身も、浮世離れしてるし。


『だったらもっかいしてみる? その時の写真でも撮れば海道さん納得してくれると思う』

『は?』


 何を言ってるんだ、こいつは。嫌なことを証明するために嫌なことをする。本末転倒もいいところだ。

 だけど、悪くないかもと思う自分もいた。

 きっとこのままじゃ埒が明かない。矢来さんは私が怒っていないと本気で思ってそうだ。

 なら、ここは矢来さんの口車に乗って、そこで私が矢来さんにキスされるが嫌だと突き付けるのもありだ。


『わかった。それでいいよ。私が嫌がってるのがわかったら謝ってよね』


 かくして、私の戦いが始まった。

 矢来さんになんて、絶対負けないんだから。

 ……これ、フラグみたいだな。

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