第64話
途中、矢来さんがお腹が空いたと言うのでフライドポテトを頼み適当につまみながらカラオケは続く。
矢来さんが歌う曲は、どれもこれも私たちの親世代のものだった。どうやら自分で好き好んで音楽を聞くということはあまりないらしい。
「なら、あたしと一緒にメタル道を」
「ヘビメタはちょっとわたしには難しいかな……」
「なんで! あと略すな」
そこに唯は付け込もうとしていたが一蹴されていた。涙目を私に向けてきたけれど、同情するつもりはないので……。
「でも、それだけ歌上手なら文化祭のバンドとか誘われそうだよね」
すぐに悲しそうな顔を引っ込めて、ケロッとした表情で唯が言う。
「あ、それは思う。矢来さん、舞台度胸ありそうだし」
「え、いやー。そもそもわたしが歌上手なんて誰も知らないよ?」
「……そういや矢来さん、選択授業音楽じゃなかったわね」
私たちの学校は、芸術系の授業として音楽、美術、書道があり、生徒は各自好きなのものを選択することができる。芸術系の授業は、所属するクラス関係なく合同で行われることになっているのだけど、音楽の授業に矢来さんの姿はない。
「矢来さん、何選んだの?」
「書道だよ。子供の頃に習っててね。懐かしくて選んじゃった」
「へえ、書道やってたの。なんか意外ね」
「お母さんが、女は字がきれいだとなんとかなるって」
「……ねえ、矢来さんのお母さん何者なの?」
唯が苦い顔をする。
今現在、唯が持つ矢来さん母の情報は娘を「お前は顔と乳と歌だけの女」呼ばわりし、よくわからん理由で習字に通わせるというものだけだ。そりゃそんな顔にもなる。
「でっかい矢来さんみたいなものよ」
そこまで間違ってはないと思うのでそう教えると、隣の矢来さんから明らかに不満気な視線が飛んできた。
「お母さんはもっとダメ人間だよ。あと背も胸もわたしの方が大きい」
なんだその張り合い。
「えっと、矢来さんのおうちって」
矢来家の家庭環境を危惧したのか、唯は言いづらそうに声を出すので私は慌てて訂正を入れる。
「ああ、いや。矢来さん、お母さんと仲いいわよ。ねえ?」
「それとこれとは話が別なんだけどね」
「と、まあ否定はしないから唯も安心していいわよ」
「そ、そうなんだ。エキセントリックなお母さんなんだね……」
エキセントリック……最大限好意的に受け取ればそう表現できるのかもしれない。
「ん、というか律は矢来さんのお母さんのこと良く知ってるんだね」
「何度か会ってるから」
「親公認ってわけか!」
「まだそういうんじゃないわよ」
まあ、黙認はされてそうだけど。
「あ、そっか。女の子同士だもんね。簡単には言い出せないか」
「有り体に言えばね」
「大変だあねえ」
しみじみと飲み物を啜りながら唯はぼやく。お茶ではなくメロンソーダだけど。
「んじゃ、二人の関係を知ってるのってあたしの他には翔也君ぐらいなの?」
「そういうことね」
「なるほど。強請り放題だ」
「そうよ。唯は私たちの致命的な弱点を握ってるの。これからはそのつもりで生活するのね」
「……なんであたしが脅されてるんだろ」
「わたしたちと小波さんは、既に運命共同体になっておりますので……」
「カップルに板ばさみとか肩身が狭いよ」
「あ、小波さんが小さいのってそういう理由なの? 名前にも小さいって入ってるし」
「小さい言うな。矢来さん、結構口悪いな?」
口が悪いというか、デリカシーに欠けているだけだと思う。
しかしまあ、小気味よく言葉の応酬を繰り広げているあたり、矢来さんと唯も少しは仲良くなれたみたいだ。
そこで、部屋に設置されたフードやらを注文する用のタブレットがアラートを鳴らす。
どうやら残り十分のようだ。
「あちゃ、そんな時間か。律はともかく矢来さんは時間大丈夫?」
「大丈夫だよ。今日は夜ご飯いらないってお母さんに連絡もしたし」
「その場合矢来さんのお母さんは晩御飯どうするの?」
「ん、律どういう意味?」
私がした矢来さんへの問いに唯が首を突っ込む。
「矢来家の台所は矢来さんが担ってるのよ」
「え、矢来さん料理できるの?」
鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした顔になる唯。そういう反応になるわよね。
「……わたしが料理できるって言ったら、みんな嘘でしょ? みたいな反応になるんだけど、わたしの印象どうなってるの?」
「見ての通りよ」
「むぅ……」
矢来さんが頬を膨らませ不満を表面する。むくれていても可愛い。
「あーあ、学校で調理実習があればなあ」
「矢来さんの手料理を食べる権利は私にしかないんだけど?」
「それもそだね」
「惚気るな!」
すまんな。
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