第81話

 吐く息が熱い。呼吸が荒くなるのを自覚する。

 視界も、少しだけとはいえ朧気になっていた。 


「ね、ねえ矢来さん……そろそろいいんじゃない?」

「ダメだよ。むしろここからが本番なんだからね」

「でも……私、もう限界、っていうか……」

「ふうん。海道さんは、こんなのでダメになっちゃうんだ」

「……っ、そういうわけじゃ、ないけど……」


 と、強がるのも何度目だろうか。だけど、言葉とは裏腹に身体は悲鳴を上げていた。

 額から滝のように流れる汗がポタポタと太ももに垂れ落ちた。

 体内の水分が奪われる様を目にすると、余計に頭がクラクラするような気がした。


「って、本当に限界なら出てもいいんだよ? 無理して倒れられちゃったらよくないし」

「……そう、させてもらうわ」


 と、いうわけで一足先に私はサウナから撤退することに。

 二重になった扉を抜けると露天風呂の一角に出る。つまりは真冬の空気が私を迎えた。

 まるで憑き物が落ちたかのように、顔の周りを覆っていた熱気が取り払われていくのを感じた。

 当然ながら今の私は全裸である。十二月の夕暮れにこんな格好で外気にあてられると、寒さを覚えた身体が震えだすのが自然なはずだが、火照った身体には心地がよかった。

 矢来さんを待つついでに、外気浴をしろと言わんばかりに設置された寝転べるタイプの椅子に寝そべる。

 目に映る空。十二月ともあって、もうすっかりと日は暮れていた。

 視界には満天の星空……とはいかなかった。まあ、そこそこ都会なので仕方ない。

 本来(?)のサウナは、すぐに水風呂で身体を冷却するものらしいのだけど、私には冷水に身体を沈める度胸はない。

 それに、こうして真冬の空気で自然と身体を冷やすのも悪くはない。これが夏とかだったら話は違うのだろうけど。

 我流とはいえ初めてのサウナを楽しんでいると、視界の端でパタパタと大きな動きでこちらへ走ってくる人影が。


「あ、海道さん。いたいた~」

「矢来さん、あなたずいぶん長居して――」


 言いながら、隣のサウナチェアに腰掛けた矢来さんに顔を向けた時だった。

 視線を奪われる、というのはまさにこういうことを言うのだろう。

 私が全裸であるのと同じように、矢来さんも全裸だ。惜しげもなく、生まれたままの姿がさらされている。

 代謝が上がり血色のよくなった肌は、サウナから出来てたばかりだから当然だが汗で濡れていた。それが照明や月明かりに照らされ、淫靡にキラキラと輝いている。

 いくら恋人とはいえ、同性でも見蕩れてしまうのも無理はないと思った。

 エロいとか、そういうのを越えてもはやどこかの宗教画のような美しさすら感じてしまう。


「……どうしたの? もしかして、のぼせちゃった?」


 私が言葉を切らしたことに矢来さんは、不思議そうに首をかしげた。

 

「ああいや、別に……大丈夫よ」

「ほんとに? 海道さん、めちゃくちゃ顔赤くなってるけど……」


 まさか私に見惚れられていると思ってもいない矢来さんは、本当に心配そうにしながら私の顔をのぞき込んできた。

 突如として接近してくる矢来さんの端正な顔。

 前髪ごとタオルで巻き上げているから、いつも以上にパーツ一つ一つの精緻さが見て取れる。今にも吸い込まれそうな、大きな瞳。この距離だからきっと、私のことしか見えていない。

 矢来さんの艶めかしい姿に見蕩れていたところに、この追撃。

 ただでさえサウナ上がりで心臓は忙しいというのに、鼓動は更に加速し早鐘を打つ。

 目がチカチカと明滅する。これ以上は身体が危険だと、本能が訴えていた。

 だけど、矢来さんからは目を逸らせない。

 しかしまあ何というか。

 矢来さんに見惚れて死ぬなら問題はない気もしていた。

 

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