第34話
そして迎えた週末。
グループラインに体調不良の旨を投稿をする。あとは現地で唯が上手いこと口裏を合わせてくれるだろう。
どんな返信が返ってくるのか見たくなかったのでスマホは一先ず放置して、一階に降り洗面所へ。
冷たい流水で顔を洗う。鏡に映る私の顔は、大丈夫。いつも通りだ。それなりに美人。自分で言うなって話だけど。
それからキチンと洗顔フォームを使っての洗顔、普段よりも少しだけ入念に。
「あとは……」
洗面台の戸棚を開き、梱包が剝がされていない箱を取り出す。
高校入学祝いとして、お母さんが買ってくれたお高めの口紅。選んだのは私だけれど、普段私が使わないようなデパート産のもの。
いつ使おうかと悩んで、結局今日この日まで埃を被っていたそれを私は矢来さんとのデートに付けていくことにしたのだ。
口紅、と言っても自然な色味だ。真新しい、削れていない口紅を唇に這わせていく。
「……」
どうだろう、似合っているだろうか。自分ではよくわからない。
いや、極論似合ってなくてもいい。ただ矢来さんが気に入ってくれるかどうか、それが重要だ。
しかしまあ、まさか自分がこんな風に悩む日が来るなんて思わなかった。
好きな人に、良いように見られたい。そんな当たり前の感情を私は今まで持ち合わせていなかった。
こんなにも不安で、それでいて褒められた時のことを考えて頬を緩ませることになるとは。
「……お、お姉、なにニヤニヤしてるの」
「うぇっ」
いつの間にか、真後ろに調が立っていた。
「何その声、女の子としてどうなの?」
「いや、無言で後ろに立たないでよ……」
「だって、奇妙な表情してるから声かけづらくて」
……そんなに変な顔してた? 鏡見てたのに、自覚がない。
「あ、その口紅開けたんだ」
「ああ、うん。そろそろ使おうと思って」
「ふーん。てことはデートだ」
「……そうだけど、悪い?」
「ううん、私も今日は優さんとデートだからお揃いだね」
ちょっとごめんと言いながら調は私を少し洗面台から除けて、顔を洗い始めた。
「うーん、でもお姉何かいいことあった?」
タオルで顔を拭きながらもごもごと調は言う。
「どうして?」
「今まで何度もデート前のお姉は見てきたけど、今日みたいに楽しみ! って感じなのは初めてだから」
「ああ……まあ、そうね」
この際だ、調にも伝えていいだろう。
どうやら同好の士だったらしいし。
「私も好きな人ができてね」
「え、うん。彼氏がいるんだから、それはそうでしょ」
「その人とは違うくて」
「……浮気?」
「あー……」
言われて初めて気が付いた。これって思いっきり浮気だ。
そりゃあ、私は翔也とは渋々付き合っている。だけどそれは私個人の問題であって、翔也にしてみれば関係のない話だ。それに私はその関係を嫌々だが受け入れている。
それなのに、私は他の女の子に現を抜かしている。
「え、噓。お姉、それはダメだよ」
姉の不貞に妹は眉を顰め全力で引いていた。
「いやでも! その相手、女の子だから!」
「ますますわけわかんないよ!? って女の子!?」
「二人とも朝からうるさいわよー」
リビングの方から母の声がした。
「……一旦落ち着こう、調」
「う、うん。ごめん」
と言いつつ、私も静かに深呼吸をして心を穏やかにする。
大丈夫、順序よく説明すれば調はきっとわかってくれる。
そう思って、事の顛末を話す。翔也と付き合うことになってしまったところから、矢来さんを好きになったところまで。
私の精一杯の言い訳を聞いた調は一度頷き、
「浮気では?」
「やっぱり?」
と結論付けた。私もそう思うが、今の今まで気づいていなかったので許して欲しい。
「でも、お姉もそっちなのかあ……」
「血、かしら」
「かなあ……」
姉妹揃って女の子が好きだなんて、珍しいこともあるものだ。
「まあ、頑張ってね?」
「妹に謎の励ましをされている……」
「色々大変だと思うからさ」
「それは先輩としてのアドバイス?」
「かな。お姉にマウントを取れる日が来るなんて」
ニコニコと嬉しそうに横揺れする調。
まあ、身近に同じ境遇の人がいたら嬉しいのはわかる。事実、私も調がそうだから安心しているところはある。
「ああでも、優さんに色目使ったらお姉でも容赦しないから」
「使わないし……」
「でも優さん可愛いって思ったでしょ?」
「それはね。でも、あの子、誰が見たって可愛いって思うわよ」
「そうなのー。優さん美人で綺麗で可愛いからー」
「……惚気たかっただけか?」
「うん!」
「こいつ……」
私の矢来さんだって超絶美人で、それこそムカつくぐらいに整った顔立ちをしているんだから。
と、言い返したかったけど、まだ付き合ってもないので心に秘めておいた。
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