第57話
帰ってきて、ご飯やらお風呂やらを済ませ自室でゴロゴロとしていた私は、スマホを操作して、とある人物にライン電話をかける。
耳に鳴り響くは、バスドラムがドコドコした聞き覚えがこれっぽちもない曲。私は利用していないけれど、設定すれば応答までの待ち時間にこうして相手に自らが選んだ曲を半ば強制的に聞かせられるらしい。
『はいはい、愛しの唯ちゃんですよ』
『……ねえ、唯。この音楽どうにかならないの? 耳が痛いんだけど」
『あ、聴いてくれたんだ』
『前はこんなの設定してなかったと思うんだけど……』
『あたしも知らなかったんだ。でも、これで布教が出来るなって』
『ヘビメタの?』
『だから! その略し方! やめてって言ってるよね!』
『拘りが強い……』
いったい何の冗談かと思うのだけど、なんと唯はヘビィメタルなるジャンルの音楽を好んでいる。もちろん、人の趣味趣向はそれぞれだ。だけど、にしたって似合っていないにも程がある。初めて唯からカミングアウトされた時はしばらく真に受けずにいたぐらいだ。
『まあいいよ。律へのお説教は今度カラオケでするから』
『ああ、別にそれはいいわよ。唯が頑張ってデスボイス出そうとしてるの、可愛くて見応えあるし』
『馬鹿にするなー!』
さっきまで流れていた曲の音圧に負けず劣らずな声量で唯が叫ぶ。
『はあ……、もういいよ。で、何か用?』
明らかに不貞腐れたように唯は言う。
『実は、報告したいことがあって』
『はいはい、結婚おめでとう』
『……まあ、中らずと雖も遠からずなんだけど』
『だよね。昨日の矢来さんとデートだったんでしょ? そんな昨日の今日で報告なんて言われたらそれしかないよ』
『はい……。それでまあ、付き合うことになったので、ご報告をば』
『なんでそんなに畏まってるのかはわからないけど……。おめでとう、とでも言うと思ったか!』
『……え?』
まさかの唯のはつげんにアホみたいな声が出てしまう。だって、唯だけは何があっても祝ってくれると思い込んでいたから。
『おのれ、矢来さんめ。あたしの律をたぶらかしやがって。はんっ、恋愛ねえ……みたいに冷めてた律を返せ!』
『ちょっと恥ずかしいからやめてくれない?』
確かに捻くれてたけども。
でも、どうやら私の心配は杞憂だったようで、唯は完全におふざけモードだった。いや、これは私の願望にも近いけれど、きっと唯は私を矢来さんに取られたことに多少なりとも嫉妬はしている……していて欲しい。
だけど、そんな様子はおくびにも出さず唯は努めて明るく振る舞いつつ、それでいて心中を面白おかしく吐露しているのだろう。
『ってことで! ……まあ、あれだね、あたしも矢来さんとお話させてよ。あたし、矢来さんのことあんまり知らないからさ』
『そうね、ちゃんと紹介する……って言い方はおかしいか。同じクラスなのに』
『もし律のこと泣かすような子だったら締め上げるてやるんだから』
『物騒ねえ……。あ、そうだ。ちょうどよかったわ』
『ん、なにが?』
私は今日、矢来さんとカフェで話していたことを思いだし、それを唯に伝えることにした。
『それがね、矢来さんも唯と喋ってみたいんだって。だから、今度私と唯の遊びに混ぜて欲しいらしいの』
『はあ、あたしはそりゃ一向にかまわんですが……。そっちはいいの? カップルに挟まるのってどうなん?』
『女だしセーフじゃない?』
『あんたらの場合性的趣向が女なんだから、むしろマズイのでは』
『……一理あるわね、ってないわよ』
『そうですか、唯ちゃんには靡きませんか』
『残念ながらね』
『矢来さんしか目に入らないんだね、オヨヨ……』
『……で、いつまでこのノリは続くの?』
『あたしが飽きるまで』
『そう、満足してくれた?』
『全然。……で、矢来さんと一緒に遊びに行くんだっけ?』
『ああ、うん』
急に話を戻すな。
『あたしとしては全然問題なしだから、いつでも誘ってくれていいよ』
『どっちかというと、私と唯の遊びに矢来さんを混ぜる形になると思うけどね』
『そかそか。じゃあ、とりあえず小波唯を知ってもらうためにカラオケへ矢来さんを拉致しよっか』
『やめてあげてくれる……?』
あ、でも矢来さんがどんな歌をうたうのかは気になる。
あの子、流行りの曲とか知ってるのか怪しいし、もしかしたら唯みたいなマイナージャンル派かもしれない。
あと、そういうのを抜きにただただ矢来さんの歌を聴いてみたい。矢来さんは私より声が高いし、声量は言わずもがな。きっと上手だし、可愛いこと請け合いだ。
『矢来さんもヘヴィメタル好きだったらどうしよう』
ありもしない妄想で唯が悦に入っている。
『その時は私もヘビメタ履修するわ』
『言ったよ? はいー、言質取った! あと略すな』
テンション高いと思ったら、最後だけやたらとドスが効いた声で脅された。
『じゃあ矢来さんとの初顔合わせはカラオケってことで! そのあと、美味しいご飯食べに行こう!』
『そうね。矢来さん食べるの好きだから、美味しいお店教えてあげて』
『は? なにあの子、あんな身体しといて食べるのが好き? どうせちょっと食べてお腹いっぱいとか言うんでしょ』
なんか妙に矢来さんへのあたりがキツイ。
まあたしかに、私もあれだけ食べておいてスタイルが抜群にいいのはムカつくけど。
『いや……ま、それはお楽しみってことで』
多分、矢来さんの食べる量をその目で確かめたら唯は卒倒するだろう。
ただ、それは黙っておいた方が後の楽しみってものだ。
『仲良くなれるといいなあ』
『唯なら大丈夫よ。私と友達なんだから』
だけど、唯と矢来さんには本当に仲良くなってほしい。もちろん、恋人と親友の関係が良好であることも大事だ。それに加えて、私は目下矢来さんと学校でも一緒にいられるように動き出そうとしている。
そこで唯と矢来さんにパイプがあれば、私の取れる行動も増えるはず。
なんて、これでは友情を利用しているみたいになるけど……。
なんにせよ、矢来さんと唯が友達になるのは良いことずくめだ。
『律のお墨付きも貰ったところで、あたしは寝ようかな』
『まだ十時だけど?』
『うるさい。あたしは大きくなるの』
『背か乳かわからないけど、成長期終わってるでしょ』
『終わってない! あたしは律や矢来さんと違って伸びしろに満ちてる!』
『いや矢来さんはあれ、まだ大きくなるわよ』
『……あたし、矢来さんとは仲良くできないかも』
矢来さんと唯の仲良し計画はいきなり前途多難だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます