第70話
矢来さんが異常に上手いことがわかったスマ〇ラを辞めた私たちは、昼ご飯をどうするかという相談をしていた。
協議の結果、四人で料理をする運びとなり今からぞろぞろとスーパーに出かけようと玄関に集っている時だった。
「せっかくですし、お料理バトルといたしませんか?」
パンっと名案を思いついたように見崎さんが手を叩く。
「ええー」「それはちょっと」「いいね! 楽しそう!」
反応は三者三様……いや、私と調は顔を曇らせているので三者二様、見崎さんの提案を前向きに受け取ったのは矢来さんだけだ。
それもそのはずで、私と調は普段料理なんてしない。恋人の前で無様な姿を見せるのはなあと思ってしまう。あと面倒だ。これは私が出不精なだけか。
「もちろん個人戦ではなく、ペアにわかれてですよ」
「やりましょう」
見崎さんと同じチームになれるとわかった途端に調は手のひらを返し始めた。
これで否定的なのは私一人になってしまう。
場の空気は壊さない派の私を肩をすくめて渋々頷き、抵抗の意思がないことを示す。
「なら、買い物も別々のところに行きましょうか。お姉様方が近いほうで構いませんよ」
「あらあら、年寄り扱い?」
「うふふ、年長者を敬っているだけです」
と、見崎さんと場外乱闘をして。
家を出たところで二手に別れた。私と矢来さんは駅前にある複合施設内の食料品売り場を目指すことに。
どちらから言うでもなく手をつなぎ道を行く。既に冬も本番になるとかいう季節。私は手袋を着用するタイプなのだけど矢来さんといる時は所持すらしない。
もちろん矢来さんの手が手袋よりもあったかい、とは言わない。
それでも不思議と寒くて堪らないとはならず、むしろポカポカと温かい気持ちになれる。
プラセボってやつだろうか。
国道に出るまでの間しばらく続く住宅街の途中で矢来さんは何かを見つけたようで足を止めた。
「どうしたの?」
「あれ」
矢来さんが指さす方を見やる。
そこには中々に立派な邸宅があった。だけど矢来さんが目を引いたのはそこじゃない。
「あれって、イルミネーション?」
「そうよ。毎年恒例なんだけど……もうそんな時期なのね」
こちらの斎藤さん宅は毎年、クリスマスの季節になると自宅の外装と庭を利用して個人でやるには大規模なイルミネーションを催しているとここいらでは有名だ。
家主さんにお願いすれば、庭の中にも入れてもらえるらしくちょっとしたアトラクションになっている。
今は準備期間らしく、そこかしこに配線が散らばっていた。私は毎年これを見て、電気代やばそうだなあと可愛げのないことを考えている。
「そういえば、海道さんの誕生日って十二月なんだよね?」
「そうだけど……。教えた覚えないわよ」
「前に言ってたよ? ほら、わたしが海道さんに服をプレゼントしようと必死だった時」
「ああ……。そういえば」
そんなこともあった。たしかあの時は、矢来さんが服をプレゼントしたいと言って聞かなかったのだ。だけど誕生日でもないからと私は断っていた。その際に誕生月を口にしていたみたいだ。よく覚えているものだと感心してしまう。
「具体的には何日なのかな。恋人になったんだし、ちゃんとお祝いしたいな」
「二十五よ」
「ん、十二月二十五だねわかった……ってクリスマス当日なんだ?」
「そうよ」
「なんかいいね!」
「いや、どうかしら」
私が顔を曇らせると、矢来さんはそんな私の反応が気になったのか首を傾げた。
「だって、なんだかロマンチックじゃない? それにお祭りごとが二倍!」
「実際は纏められるから倍どころか半減よ」
本来なら誕生日とクリスマスで二度お祝い事があるはずなのに、私の場合ニコイチになってしまうのだ。調と差が生まれないようにと、プレゼントは二つもらえていたけれどパーティは一緒くたにされていた。
「そういうものなんだね。なら」
矢来さんが両手で私の手を包んでくる。そしてまっすぐと私を目で射抜く。
「今年は、海道さんの誕生日をわたしがいっぱい祝ってあげる。そしたら、ちゃんと二倍だよね?」
空気の冷たさに逆らうように身体の中にティファールでも飼っているのかって勢いで、全身が血液で沸き立つのを自覚する。
まだ誕生日当日でもなければ祝われたわけでもない。それなのに、既に心はフワフワと風船のように浮ついてしまっていた。
「あ、二倍じゃ物足りないよね。百倍でいこう!」
上の空になった私を知ってか知らずか、矢来さんは威勢よく言う。
「何倍でもいいわよ。その……誕生日に矢来さんが一緒にいてくれるなら」
「うん! 今までで一番の誕生日を約束するよ」
そんなキザなセリフを矢来さんは恥じることなく口にする。きっと本心から思っているんだろう。
だけど約束なんかされるまでもない。
矢来さんと一緒なら楽しいに決まっている。
来たる今年の誕生日は、今から心待ちにすることになりそうだ。
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