顔だけ良いクラスメイトが、やたらとグイグイ来る百合の話。

鹿島華氏

第1話 

 髪を切った。昨日、つまり夏休み最終日のことだ。

 腰まで伸ばしていた黒髪を、それはもうバッサリと切ってやった。無造作に伸ばしていただけなので、これと言って思い入れがあったわけでもないけど。

 夏場は汗で首筋に髪が張り付いて気持ち悪かったのだ。もっとも、それなら夏が始まった頃に切るべきなんだろう。でも、なんとなく夏休みはそのままにして、始業式の前日に思い立って断髪した。

 鏡に映るショートカットの私は、当たり前だが私だった。違和感も感情のうねりもなく、一瞬で受け入れられた。美容室さんの腕が良かったんだろうか。

 母には失恋でもしたのかと尋ねられたが、そんな乙女チックな理由はあいにく持ち合わせていない。そもそも、失恋で髪を衝動的に切りたくなるものなのだろうか。もっと可愛くなって見返してやる的な発想? 

 理解に苦しむ。

 そんなわけだから、始業式もこれといった懸念もなく登校した。昨日までは鬱陶しかった陽射しも気持ちマシだ。これだけでも、散髪した甲斐があるというものだ。

 教室に入ると、既に友人らは登校しており、私を視界にいれると皆一様に目を瞬かせていた。


「おはよ」

「律!? どうしたのその髪」

「切ったの」

「そりゃ……、脱毛を始めるような歳ではないからそうだろうけど」

「変?」


 私はわざとらしく、髪先を指に巻きつけながら友人らに聞いた。自分から聞かなくても、彼らは勝手に評価を始めただろうけど。


「ううん! 似合ってるよ!」「イメチェンってやつだね」「あたしも切ろっかな」


 押並べて高評価を下してくれる。そりゃそうだ、面と向かって批判しようものなら、そいつが誹りを受けること間違いないんだから。


「ありがとう、正直心配だったんだよね」


 けど、そんな考えは胃の奥にでも押し込んで私は礼を言う。

 そして友人らは、思い思いに髪型やファッションの話に興じ始める。

 私を含めた六人の男女で構成されるこのグループは、遠慮など赤子の頃に捨ててきたかのように大声で話している。

 遠巻きに、控えめな女子グループが疎ましそうな視線を送ってきている。まあ、それに気づいてるのは私だけなので、騒音が鎮まることはない。

 そんな時、見慣れた顔が教室に顔を出した。


「あ、翔也! 見て見て律が!」


 それに気づいた友人の女子が、その男子生徒に声をかけた。

 というか、私のことなのに率先してあなたが報告に行くのか。構わないと思う反面、どことなく腹の虫が所在をなくして暴れている。


「おお、まじか。全然ちげーじゃん」


 言葉とは裏腹に、あまり声に抑揚はなく翔也は言った。


「暑かったからね」

「ふーん、いいじゃん」

「ありがと」


 さも当然といった風に、男子生徒……翔也は私の隣に位置を取りながら感想を述べた。

 実際、翔也は私の彼氏というやつだ。

 きっかけ……は特になし。強いて言えば去年クラスが同じだったことだろうか。今、私の周りを取り囲んでいる六人グループに、翔也も籍を置いていたのだ。

 で、その後はいわゆる流れというやつ。学年一の美男美女同士なんだから付き合っちゃえと、周囲に囃し立てられる形で翔也が告白してきた。

 個人的に、翔也は好きでも嫌いでもなかった。顔立ちは確かに整ってはいるのだろうけど、だからといってそれで心が動いた記憶はない。

 それでも、曖昧な返答は許されなかった。

 私は人間関係という壁に取り囲まれて、断る選択肢が与えられていなかった。

 周りは私も翔也が好きで好きで仕方ないと思い込んでいたのだ。いや、本当に思い込んでいたのかは謎だ。けど、彼らはとにかく私と翔也で情事を観覧したかったのだろう。

 恋愛とはもっと明るく楽しいものだと勝手に思っていた。けど、現実は閉塞的でエゴをぶつけられているだけ。私の意志など介在する余地はない。いや、声を上げようとししていないのは私自身なんだけど。

 だって、面倒くさいし。私は不必要に浮きたくないのだ。いわゆる普通の学生が抱える悩みなんだろうけど、いざその立場になると本当に肩身が狭い。

 こんなことなら、私たちのグループに敵対心を持っている地味な女子グループに所属していたかった。彼女らは、クラス内での発言力はさほどないが、別に排斥されているわけでもなく、ましてや虐められているわけでもない。

 私より学校生活を満喫しているだろう。そう思うと、なんだか羨ましいし、腹立たしい。


 耳鳴りがするような友人らの声を忘れたくて、窓の外に視線を向ける。

 夏休みは終わったけど、日本はまだ残暑すら迎えていない。照りつける太陽を見て、この後体育館で行われる始業式が過酷であることを悟った。

 それでも、この空間よりはいいかもしれない。教室は、ただただ息苦しい。


「ちょっとトイレ」


 逃げ出すように、私は教室を出た。瞬間、胸を支配していた靄が薄くなった気がする。

 二学期が始まってまだ一日目の校舎は、活気に満ちていた。夏休みの勢いをそのまま連れ込んできたのだろう。一週間もすれば、いつも通りの気怠い雰囲気に様変わりしていそうだ。


 トイレのある校舎端に向かう途中、一人の女子生徒とすれ違う。

 亜麻色の髪を三つ編みでハーフアップにした、傍から見れば清楚な外見。それとは裏腹に快活そうな笑顔を携えて彼女は軽やかに歩いている。


「あ、海道さんだ」


 私に気づいた彼女は、振り返って呼び止めてくる。たいして親しいわけでもないんだけど。


「おはよう、矢来さん」


 無視するのは流石に酷なので、半身で応える。

 矢来綴。クラスメイト、関係性はその一言で説明がつく。


「うん? 髪切ったんだね」


 わかりやすく目を丸くして私の頭部に視線を送ってくる。


「まあ、暑かったから」

「ふぅん」


 流れるように矢来さんの目線は私の全身を舐めるように落ちては上がっていく。見定められているようで、ソワソワしてしまう。


「わたしは髪長い方が好きだったな」


 なんの衒いもなく、矢来さんは感想をぶつけてきた。


「……ああ、そう」


 余りにも直球な批判で思わず放心してしまう。

 そこまでハッキリ言うかね、普通。少しは手心を加えるものだと思うんだけど。


「なんかね、前までの海道さんは深窓の令嬢って感じで好きだったんだけど」


 臆面もなく、好きだと言い切れるのは関心する。

 けど、


「令嬢って……」


 私は言うまでもなく一般家庭の生まれだ。家に帰ってもお手伝いさんはいない。


「まあ、そのうちまた伸びてくるよね! 楽しみにしとく!」


 それだけ言うと、矢来さんはせかせかと教室に向かっていった。

 別に矢来さんの楽しみを生むために髪を切ったわけではないんだけど。

 矢来さん消えた方を見ながら、そんな風に惚けていると朝礼五分前を知らせるチャイムが響いた。


「やば」


 トイレはもういい。とにかく教室から逃げたかっただけの口実に過ぎない。私は早歩きで、気持ちは億劫に教室へと戻ることにした。

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