第32話 贖罪
来た道を引き返す、それだけなのに足取りは重くいっこうに前へ進まない。
酷いことをした。そう言葉にするのは簡単だ。
だけど、矢来さんからしてみれば、過去を語ったら突然キレられたとかいう理不尽極まりないだろう。いや、矢来さんなら理不尽だとか思わず、ただ悲しむだろうか。
何故私はあんなことを言ってしまったのか。なんて、今更言わない。
嫉妬だ。嫉妬してしまったのだ。見崎さんとの関係を聞いて、勝手に腹を立てた。
そして、どうして嫉妬に駆られたのかという問いに対しても既に答えは見つけている。
どうやら私は矢来さんのことを好きらしい。
散々矢来さんに自分の恋心ぐらい自覚しろと言っておきながらこの有様だ。
何時からだろう。キスをされた時だろうか。
……まあ、今はそんなことはどうでもいい。
喫緊の問題は、私はそんな想い人を傷つけてしまったことだ。
さっさと謝ればいいのだろう。だけど天邪鬼な私はどう謝ればいいのかわらかない。
そもそもどんな言葉をもってして謝れば贖罪になるのか。
いつもこうだ。
矢来さんの家から去る時、私はいつも後悔を抱えている。
楽しかったはずなのに。嬉しかったはずなのに。
ドタドタと騒がしい足音が後方から聞こえてくる。
いけない。私に期待をする資格なんてない。それなのに、身体は勝手にそちらを向こうとする。
これじゃあまるで、追いかけて欲しくて逃げ出した面倒な女みたいだ。
みたい、というか、その通りなんだけど。
振り返った私の目に飛び込んでくるのは、息を切らし肩を大きく上下させる美少女。
「か、海道さん……! ど、どうしたの、急に」
息も切れ切れに矢来さんは私の肩を掴んで聞いてくる。
その顔には、やはり怒りなどは垣間見えない。ただただ、私を心配している。
「……わからない」
私の口から真っ先に出た言葉はそれだった。
「いつからこうで、どうしてそうなってしまったのかもわからない。これから、どうすればいいのかもわからない」
「……そっか」
私のとりとめのない、出鱈目な言葉にも矢来さんは静かに頷き、私の頭をそっと胸に抱き寄せてくれる。
母が子をあやすように、ポンポンと背中を撫でられる。
「謝らないといけないのに、なんて言って謝ればいいのかもわからない」
「謝るっていうのは、わたしに?」
優しい声音で確認をされる。ほんの少しだけ頭を動かして肯定した。
「わたしは海道さんに謝ってもらうようなことをされた覚えはないよ?」
「私はあるの!」
「そっか……。んー、わたしはどうすればいいんだろう。わたしがこんなんじゃ、仮に謝っても、多分海道さんは満足しないよね」
言われて、私の罪悪感が自己満足なものだと気づかされる。全てにおいて、私はダメらしい。
「よし、なら海道さんに一つお願いがあります」
「……なに?」
「わたしとデートをしてください」
「……デート?」
「そう、デート。わたしは海道さんとデートがしたい。だけど海道さんはしたくないでしょ? だから、デートをすることが贖罪にならないかなって」
「それは……」
恐らく、いや絶対に贖罪にはならない。
だって、私には矢来さんとデート……お出掛けを拒否するだけの理由も建前も今はもうない。
むしろ尻尾を振りながらついていくまである。
と、私が考え込んで閉口したのを拒絶反応だと思ったのか矢来さんは、
「あの、嫌なら他のでも大丈夫だよ?」
と言った。私は何度矢来さんに気を利かせさせたらいいのだろう。
「う、ううん。大丈夫。矢来さんがそれでいいなら、私は、うん、それで」
とまあ、結局私は最後まで素直になれず。
もはや役得でしかないデートが決まってしまった。
だけど、そうだ。そのデートで、私は私なりに誠意を見せればいい。
キチンと想いを伝えるだけの勇気はまだないけれど、それでも何か出来ることがあるはずだ。
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