第24話 知りたくないこと

「はい、これ持ち帰りって……。できますか、ならお願いします」

「律、お待たせー。って何してるの?」


 フォトがジェニックなパンケーキを食べてお会計をしようとなってから。唯がトイレに行ってる間に私は定員さんにある事を確認していた。


「パンケーキ、美味しかったからテイクアウトできないか聞いてたの」

「ああ、調ちゃんに? 優しいお姉ちゃんだねえ。ああいや、お姉だっけ?」

「調以外にお姉って呼ばれると虫唾が走るね」

「そんなに!?」


 私と唯がきゃいきゃいとじゃれ合っていると店員さんが困ったようにこっちを見ていることに気が付いたので、平謝りしながらテイクアウト用に包装されたパンケーキを受け取った。

 店を出る。


「これからどうする? 結構いい時間だけど」


 スマホをこちらに向けながら唯が問う。

 時刻は十八時前。


「ああ、それなんだけど。私はちょっと用事があるから、悪いけど唯は先に帰ってもらっていいよ」

「ん、わかった。ここでバイバイ?」

「いや、駅までは一緒かな」

「はーい」


 深く追求することなく唯は返事をする。私を信頼してくれているのか、唯は基本的に私が語ること以上を求めない。

 駅まで、と言っても歩いて五分ほどだ。


「じゃあまた明日ねー」


 手を振りながら唯は構内に消えていった。

 少し後ろめたさを感じながら私も手を振り返す。


「さて」


 私は回れ右をして、誰かの足跡をたどるように歩き出す。

 さっきは適当に誤魔化したけれど、実はパンケーキは二つテイクアウトしていた。

 うち一つはもちろん調の分であっている。

 では、もう一つは誰宛てなのか。

 その答えは私の行き先にある。昨日も通った道を私は行く。

 優しい私は矢来さんにもこのパンケーキを食べさせてあげようと思ったのだ。

 それから、今日はどうして私に絡んでこなかったのか聞きたかった。それだけだ。

 なのに。


「――いいから、とりあえずうちに入って入って」


 矢来さんの住むアパートに着いた私が見たものは、知らない女の子の手を引いている矢来さんの姿。強引にも見えるけれど、女の子は満更でもなさそうだから誘拐ではないらしい。

 私はその様を声を掛けるでもなく、ただずっと眺めていた。取り込み中なら仕方がない。割って入ってまでパンケーキを渡す変な女にもなりたくないし。

 梱包されたパンケーキを胸に抱いて私は来た道を引き返す。

 矢来さんと私は出身中学が違う。この辺りは矢来さんの地元なんだから、私の知らない矢来さんの友達がいたっておかしなことではない。

 それにこんな時間にパンケーキだなんて。夜ご飯も近いだろうに、迷惑だ。そう考えると、これでよかったのかもしれない。余った分はお母さんにでもあげよう。

 だいたい、矢来さんとなら一緒にあのカフェに行けばいいのに、私は何を先走っているんだろう。

 と、起きてしまったアクシデントに対する正当性はいくらでも湧き上がってくる。

 それなのに、私の足は足枷でもされたように上手く前に進まない。

 

「……」


 アパートが見えなくなる交差点を通り過ぎる前に、一度だけ振り向いた。

 もしかしたら、矢来さんがあの瞬間私に気づいていたら、私を追いかけてきているかもしれない。だとしたら、無視するのはかわいそうだ。

 だけど、私が今し方歩いてきた道には矢来さんはおろか、人っ子一人見当たらない。

 夕陽を反射する住宅街が私をせせら笑っているように思えた。




「あ、お姉お帰りー。中々に遅かったね」


 帰宅した私を調が迎えてくれる。


「まあ、ね。……はいこれ、お土産」


 私は大事そうに抱えていた袋を調に渡す。


「わ、なになに。パンケーキだ、どしたのこれ」

「唯と行ったの。二つあるからお母さんにもあげて」

「うんー。って、お姉どうしたの?」


 調が私の顔を覗き込みながら聞いてくる。


「なにが」

「えっと、なんかこう、テンションが低いような」

「別に」


 と、答えてから、その態度からして調の言う通りなことに気が付いた。


「いやまあ、ならいいんだけど」

「……パンケーキ食べたせいでお腹一杯だから、ご飯いらないってお母さんに言っておいて」

「う、うん」


 それぐらい自分で言えよと調の顔には書いてあったけど、頷いてくれた。

 淡々と階段を上り、自室に帰ってくる。電灯もつけず、学校の鞄を適当に放り投げて、身体をベッドに投げ出した。制服に皺がついてしまうけれど、今はどうでもよかった。 

 いつもの天井のはずなのに、どうしてかグルグルと回って見える。暗いから、何も見えないはずなのに。といことは、回っているのは視界ではなく頭ということか。

 回転する脳内を横切る景色。

 矢来さんに手を引かれていた女の子。あれはいったい誰だったんだろう。

 スマホをポケットから取り出し、矢来さんとのトーク画面を開く。

 

『さっきの子は誰?』


 何も考えずに打ち込んでから、ハタと気づく。

 これじゃあ私があの場にいた意味が分からない。まるでストーカーみたいだ。淡々と文字を消していく。


『矢来さんの家の近くにパンケーキの美味しいカフェがあったから、また今度行きましょう』


 そうだ、これでいい。

 これで……。


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