第7話

 植物の進化とは偉大なものである。葉脈ようみゃくに仕切られたセロファンみたいな半透明の大きな葉で巧みに雪をかわし落としながら大気に浮遊する光の粒を懸命にかき集め成長する……そんな20メートル級の大木が永久凍土までの道すがら等間隔で並んでいた。しかし規則正しい配列は、人間を退屈にさせる。

 教授が気を利かせスイッチを入れると、バルーンラジオから古いスローバラードが流れ出した。



「楽園地帯のゴロツキはなんでこんなの聴いてんだ? 磁場の影響で音割れが酷い。そもそもの音源も最悪だ。いくらでも目の前で生歌聴けるだろうに……わざわざ日光で体暖めてアイスクリーム食ったり……あいつらやっぱイカレてんな」

 首の後ろで両手を組み、アルフェスは目を閉じたままだ。


「わしは嫌いではない。ライブ感かのぅ」


『オープニングの一曲目はタイムマシーン645号でタイムマシーンでした。さぁ、始まりました。みちょぱんのみちょみちょラジオ。この番組は……』


「質問して損した……やっぱリビドー全開じゃねぇか、ったく」


「みちょぱんの悪口を言うなっ!」


「しらんがな。それよりまだ着かねぇのかよ」


 木立は変わりなく続いている。おまけに地表が白く煙っているので、眼下の風景をますます意味のないものにしていた。退屈な空気が満ちる中、教授がひとりラジオに耳を傾けている。誰一人、もう一つの地球に埋もれることもなく時間は過ぎてゆく。









『本日はリレーラジオ。みちょみちょラジオの次はニコルンの明日も日曜日ぃぃぃぃです。好評のささやきのコーナーもあるのでリスナーの皆はささやいてほしい言葉をどしどしメールで送ってね』


「むほっ、今日は豪華ラインナップじゃ! ささやきぃぃぃぃ!!!」


「うっうう~~~ん」

 少女が大きく伸びをする。


「うるさいぞ、教授。なにを騒いでいる。目的地には着いたのか?」

「セレン様は赤ん坊と一緒でどこでも寝れてうらやましいですのぅ。残念ながら……ほぃっ、着きましたぞい」

 ラインが引かれたように、とある場所から木立が途絶えていた。そこからはなにもなく只、平地が広がり、やがて眼の前にぐんぐんと桃色の塔が迫ってくるのだった。

 バルーンはスピードを緩め、同時に下降の角度が大きくなる。教授の操縦は巧みでラストの着地では、滑らかな浮揚感さえ皆の尻に残した。




 パカッ。バルーンのハッチが開く。


「ふ~二時間って結構長いなぁ」

 アルフェスが腕をまわし、


「やっぱり地面がカチンコチン」

 少女はその場で飛び跳ね、


「もう少し緊張感をもってくだされ。仮にもここは永久凍土ですぞ。さぁさぁ我々にしかできないことをいたしましょう」


「しっかしなんだこりゃ?」

 でもアルフェスがそうこぼすと、皆の視線が下から上へと自然と動く。



 本来は細長い円柱の形であるはずだが、余りに大きい為、それは天まで届く一枚のピンクの壁としか思えない。遠くからはぬめぬめと幻想的に光って見えたが近づいてみれば、光沢も金属のような質感もない。ただの壁である。


「まるで粗悪品のプラスチックじゃねぇか。建物って感じじゃねぇ」

 アルフェスが壁をなでる。


「思い切りぶん殴ってみろ。穴が開くかもしれん」

 教授がうながすと、アルフェスは先ほどと同じように腕をまわし、

「オッケー。いっちょ、カッパギのアルフェス様の戦闘力を再確認させてやるっ! せぇ~の ――バチンッ―― ……あがっうぐ、いってぇ~~超いてぇ!!!」

 痺れるように震えて、その場にしゃがみ込む。


「ふむ。ふむ。やはりな。しかし冬にはソフトボール大のひょうが降るこの地でまったくの無傷とは……ふむ。ふむ」


「ふむふむじゃねぇっ。教授っ! 俺をはめやがったな!」

「これも人生経験だアルフェス。さて情報では入り口がどこかにあるはず……」

 素知らぬ顔で壁に沿ってテクテクと歩き出し、少女もゲージを携えそれに続いた。

 だだっ広い永久凍土にアルフェスの恨み節だけがこだまする。








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