第26話 裏アカウント④

 まだ春だというのに燦々と太陽が照りつけ、波打つ海面は金剛石が如くきらきらと輝いていた。時としてその光りの中に小魚の影を見つけるが、岩礁を避けようとする船頭の荒っぽい櫓の動きに散らされてすぐに見えなくなる。そのうちに、小舟は岬の先に松が幾らか生えただけの孤島に辿り着き、男が一人その白砂に降り立った。


「決闘の刻限に遅れるとは、アルフェス。おくしたか」

 少女はそう言うと剣を抜き去り、さやを足下に投げ捨てた。


あねさんっ! 敗れたりっ!」


「なにぃ?」


「勝利すれば剣を納める必要があろう。勝つ者が何ゆえに、さやを捨てるか!」


笑止しょうし。かかってまいれっ!」


 アルフェスは中国拳法、八卦掌はっけしょうの独特な足裁あしさばきで、砂浜に円形の跡をつけながら流れるように近づき、少女と対峙する直前に、やにわに跳躍した。


 シャン。だが同時に少女から一条の突きが放たれる。更に、シャンシャンシャン! 


「ぐふっ! 無念」

 アルフェスはその場に崩れ落ちる。


「当然だ、アルフェス。空中で体勢を変えられるのは、いいとこ二回まで。シャンは避けられても、次にシャンシャンシャンの連撃れんげきをされたらそれで終わりだ」


「うぉおおおお」

 そのとき、船頭のPちゃんが雄叫びをあげながら、船のを振り回して少女に襲いかかる。


「二刀流ならぬ、二人掛かりかっ!」

 しかし少女は取り合わず、さらりと体を交わす。


「ぬぅおおおお」

 Pちゃんは振り回した櫓の重みを支えきれず、そのまま砂浜にめり込んだ。


「当たり前だ。長すぎるし重すぎる。武器は自分の力量で扱える範囲で選ばないと。コンバットナイフで不服ならペルシャンダガー(中近東独特の短剣)にでもすれば、扱いやすくて戦闘力があがるであろう」





 ……この茶番を観察していたブルーバードは混乱していた。やはり教授がいない。

 現実の世界では教授のかき鳴らすギターンにあわせ少女がロシア民謡を歌い自分はコーラスを担当している。


「歌を歌うのは気持ちがいいね。教授が楽器を弾けるなんて知らなかった」

「一流とは特技を隠し持っているものなのですじゃ」

「コーラスも良かった。相変わらず何でも出来る奴」

 飛び入りにも関わらず、調和のとれた美声で参加のブルーバードを少女は褒める。

 撫でられて照れながらも、ブルーバードはまだ判然としない疑問を拭いきれない。


「さて随分と長く歌ってしまった。折角だからもう一度、生乳を貰って宿に帰るよ」

 少女は晴れやかな顔で二人と別れ、離れて行った。




「………………いろいろ謎すぎて混乱している。教授」

 少女に手と翼を振っていた二人であったが、ブルーバードが先に切り出した。


「そうじゃろうのぅ」

 教授はまだ少女に手を振っている。


「色々聞きたいが、まずは、……においての教授の不在について」

「ふむ。それはたぶん、バグじゃろう」

「バグ?」

「とっておきの秘密を話す……わしはもう直ぐ死ぬ」

「…………9割方、それで疑問が溶けた。なるほど『寿命』か。テルルの言っていた言葉の意味もようやく理解できた。長い間、パーティーの仕切り役、お疲れ様」

「相変わらず最速の計算能力じゃが……しかし、ちょっとクールすぎやせんかの?」

「仕方ない。恣意的に生産された人造人間の延命はない。感傷を表現しても無意味。どこかの誰かがプログラムした内容を遂行するだけのことではあるが、マザーAIの目的は、を永遠に存続させることだけ。快適に」

「言葉が黄昏れてて、泣いてしまいそうじゃわぃ」

「臨終の間際なのでバグが起きて、あそこにはいない。で、いいのだな」

「そうじゃ」

「メモリアル。最後の思い出。クエストに参加したのはグラディエーターの必要性のない案件で、尚且つ複数参加。自己都合で昼寝をしていても問題ないからか?」

「運がよければ最後の手柄になるかもとは思ったが、概ねその通りじゃ」


 ブルーバードは次の言葉を探しあぐね、ひとしきり嘴で羽の手入れをしてから教授のギターンのヘッド部分に飛び移った。


「残りの一割。教授はそれで良いのだろうが、セレンさんの情緒が心配になる。父親のような存在だろう。親という概念が消滅しようとする現代においても、そのように認識している」

「オオカミがいないとウサギは滅ぶ……違うな。親はなくとも子は育つ。セレン様は心の強いお方。若返れば悲しい記憶も面で折りたたまれる。それよりブルーバード。おまえに託したいのはパーティーの今後と……あの赤ん坊のことなんじゃが」

 日が陰り、随分と寒くなってきた。

 教授は手を差し伸べ、ブルーバードに触れて、そっとその体を暖めるのだった。






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