第27話 裏アカウント⑤

 キスの意味とは? キスの意義とは? キスの進化とは?


 どうも。安楽椅子探偵あらため哲学者です。最近、めっきり寒くなってきましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。まぁ、地球はずっと寒いんですけどね(笑)



《ふぅ。どうにかこうにか、で押し切ったわい。グッジョブ! わし》


 また椅子が喋り出した。けれどもう驚きはしない。存在を確認するようならそれは存在しないに等しい。続ける。ダジャレではなく哲学だ。

 人間は状況に慣れるものなのです。


《まだ、わしは椅子のままかのぅ》


 それはそうじゃないだろうか。椅子なのだもの。みつを。


《予知に加えて……どうやらここは、誰にも覗かれていないようじゃ》


 またもや理解不能の言動。でも不快ではない。僕は考え事をするのが根本的に好きなのだ。キッスとは、サイエンスではなく、哲学なのだから。


《考えとることがませとるのぅ。ま、自問自答、一人禅問答ぜんもんどう、大いに結構》


 あなたの話は哲学と言うより酔っ払いの戯言たわごとだ。聴いてられない。


《そうじゃのぅ。よく考えれば、ぬしは赤ん坊。理解させるには……》


 また人を赤ん坊あつかいして! 両者の知識の差を揶揄やゆした比喩ひゆなのか。


《むか~し、むかし、あるところに……》


 やっぱ、赤ん坊扱いしてるっ!


《四つの頭を持つ魔王が生まれました。とても良い魔王です。魔王は人々に永遠の命と夢の世界を与えました。永遠の命だけでは人は発狂してしまうからです。夢の中で人はどんな望みも叶えられるようになりました。石階段から抱き合って転げ落ちなくても男は女の女は男の人生を歩むことだって出来るのです。目を覚ますとおっさんが岐阜県飛騨地方の山奥の糸守町に住む女子高生になることだって可能なのです。ごく少数の例外を除き、人々は大いに満足しました》


 なんだ? 女子高生? 女子高生? 女子高生?

 ……とは、生まれて凡そ16年~18年経過した学徒女性。えらく限定的だな。


《夢と現実の時間軸は同じで両立されています。食い違えば、それを受け入れられず発狂してしまいます。夢がなければ人は絶望し夢の世界だけでは体が腐ってしまう。このシステムは非常にバランスの取れた仕組みだったのです。めでたし、めでたし》


 童話か……まあ意味はわからないが、ハッピーエンドなら良いことだろう。


《しか~し!》 


 続くのかよっ!


《童話には表向きのストーリーとは別の隠された秘密があったのです》


 本当は怖いグリムなんとか~!? わくわく。


《人々は意識的に自分が望む夢を自由自在に体感している。それをもう一つの地球と呼んでいる。だが真実は違う。一人一人の無意識下において、地球規模の世界が存在するのだ。そこには距離的な隔たりや、時間的同期はない。過去と未来は存在せず、時間ベクトルはランダム。逆行だってする。つまり無意識で世界は繋がっている》


 急にSFっぽい!!! とっても意味がわかんない!!!


《無論、魔王に悪意はない。試行錯誤の末、辿り着いたそれが必然の道だった》


 悪意のない魔王がそもそも矛盾してるけどねっ!


《どうじゃ? 童話バージョンで理解出来たかのぅ》


 わかるかっ!


《とほほ。じゃろうのぅ。だがわからずともこれだけは聞いて欲しい。普通の人間はもう一つの地球を認識することはなく。そしてもう一つの地球は常に覗かれている。無生物のブルーバードは立ち入ることは出来ぬ代わりに両方の世界を観察することが可能。鳥なのに出歯亀じゃ。だがこの場所は見えていない。だからここに居るわしも見えなかったのじゃ。それを知られることは、非常に危険じゃ。老獪なテクニックで誤魔化せてよかったが……それこそが一騎当千、最強の量子コンピュータの弱点! 瞬時に最適解を導き出してしまうが故に答までの課程がない。検証不可なのじゃ!》


 ブルーバード? ブルーバード? ブルーバード?

 ……とは、本格的な量産型乗用車? ボディタイプは4ドアセダンのみ???


《参照するのはそこではないっ! ブルーバード。主の世界での青龍チンロンのことじゃ。主の今後を青龍に託した。セレン様に傾倒しているアルフェスには任せられんからのぅ。申し訳無いが、主は里子に出されることになる。だが現在の子供の99.9%は親を知らぬもの。許してくれ》


 やっと知っている語彙がでた。なんだ。アルフェスと青龍チンロンの話だったのか。


《おお、少しは理解してくれよったか》


 うん。もう飽きちゃった。


《とほ、やはり赤ん坊じゃな。まあよい。主の安全はわしが保証する。ここは時間の概念がない。だから未来が見える。主は早い段階でPちゃんがクエストに加わることを認識していた。主が言うほど、奴はオドオドとはしていないが……ともかくそれが知られれば、主に危険が及ぶ。この世界からレジスタンスが居なくなったようにな》


 僕は哲学者だ。馬鹿ではない。

 椅子が語っているのはこの屋敷から見える巌流島の決闘や渓流釣りのことだろう。

 しかし窓の景色がどうだろうと、僕が椅子に安全を保証される義理も謂れもない。


《これは罪滅ぼしなんじゃよ。別れの寂しさについ手前勝手にセレン様をクエストに参加させ、主を孤児みなしごにしてしまった、このわしのせめてもの贖罪なのじゃ》



 それだけ言うと、椅子は黙ってしまった。なんとなくだけど、この部屋から存在が消え、別の場所に移ったのだと感じられた。五感がそれを教えてくれる。

 やはり意味不明。だが未来については僕も知っていることがある。


 僕はここよりも、少しだけ暖かい場所に、引っ越すことになるだろう。



 


 


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