第70話

 そこにはあの頃と変わらないリヴァイの……え? ……え!? えーーっ!!!


「あはは。変わらなすぎ?」リヴァイはウインクして、足元のバックからグローブを取り出しこちらに放ってくる。地下空間ではウインクが流行してるのか?


 ぴゆーーん ぱふっ「びっくりした?」

 ぴゆーーん ぱふっ「うん……6年ぶりなのにほとんど変わってない」

 ぴゆーーん ぱふっ「あはは。成長を遅らせてる」

 ぴゆーーん ぱふっ「どうして?」

 ぴゆーーん ぱふっ「バランス調整だね。若い姿のまま生きてゆけるように」

 ぴゆーーん ぱふっ「それって精神的に落ち着かないと聞くけれど……」

 ぴゆーーん ぱふっ「らしいね。あはは。でも最近の流行り」

 ぴゆーーん ぱふっ「そうなんだ」

 ぴゆーーん ぱふっ「スチームパンクはどう?」

 ぴゆーーん ぱふっ「べつに。な~んにも変わらない」

 ぴゆーーん ぱふっ「だね。人造人間を肩に飾るなんて最高にクールでパンクさ」

 ぴゆーーん ぱふっ「この人はファッションじゃないよ。宝探しのメンバー」

 ぴゆーーん ぱふっ「あぁ、手紙に書いてたね。マジで永久凍土に?」

 ぴゆーーん ぱふっ「うん。暫くはそれを仕事にするつもり」

 ぴゆーーん ぱふっ「仕事か~うん。昔のあれさ。トラウマになってない?」

 ぴゆーーん ぱふっ「あーあれね。みんな大泣きして帰ったよね」

 ぴゆーーん ぱふっ「あはは。そうそう」

 ぴゆーーん ぱふっ「ひとつ聞いていい?」

 ぴゆーーん ぱふっ「なに?」

 ぴゆーーん ぱふっ「なぜにキャッチボール?」

 ぴゆーーん ぱふっ「このドームにはやる相手がいないからさ」

 ぴゆーーん ぱふっ「こんなに大勢の人がいるのに?」

 ぴゆーーん ぱふっ「地下空間では他人に不干渉なんだよ」

 ぴゆーーん ぱふっ「子供の頃にだって一度もやったことなかったじゃないか」

 ぴゆーーん ぱふっ「だね。でもあっちじゃ僕は相当上手いプレーヤーなのさ」



 ドームに映る青い空と白い雲。太陽は焼けるように熱くてそれを冷ますかのように緑の公園を風が吹き抜ける。目の前には、déjà vuデジャヴー みたいにあの時の少年がいて、まるで、VRローションの海に浸かっているような錯覚を覚えた。


                    ――ハァハァ                       

                          ――ハァハァ

                              ――ハァハァ


 リヴァイがよろけながら公園のベンチに座り込む。


「ちょっと運動不足過ぎない」

ハァハァ 「だからこっちでは相手がいないんだってば」


 はにかんだ笑顔の隣りに座る。感動の再会のはずが、リヴァイの幼さに面食らってなんだか拍子抜けしてしまった。漠なる大地で過ごした俺はやはり田舎者なのだ。



 リヴァイの養い親であった人造人間は既に次の子育てに入り、彼はこの空間に独りぼっち。仮想現実では、寒冷化する100年ほど前の弱小国で、政治家をやっているそうだ。

 難易度の高いゲームほど面白いらしく魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする時代に国の利害や人種、宗教、慣習を乗り越えようと奮闘しており、向こうにいっている間はこちらの意識は存在しないので、常に暗殺の恐怖に怯えているとのことである。


 俺にはそれがとても意義のあることに思える。人類はリビドーを失い新しい文化は生まれない。映画保存会なんかはただ懸命に真似て、過去の作品の焼き直しを作っているに過ぎない。

 結局は個人がどんな立ち振る舞いをした処で、生命維持以外の人類の意思の統一は図れなかったのかもしれない。そして寒冷化も避けられなかったのだろう。けれど、その可能性を探ることは、それこそがつまり、未知の文化なのだ。

 方法はあったはずだとリヴァイは語る。違う未来があったはずでそれを知ることが僕のエートスだと……暗殺に怯えながら、でもそれが生きるってことなのだと……


「へー、火の国・アゼルバイジャンか~」

「うん、実際に吹き出した天然ガスに火がついて3,000年燃え続けていたそうだよ。世界史で出てくるゾロアスター教(拝火教)の起源だった場所。まさに……」

「……あのさぁ、ジュニア」

「なに?」

「これ多分、写真集じゃないと思う。パンフレットと呼ばれていた類いのモノで……本物の写真もたくさんあるけれど、計画中の建物の完成予想図も混じってる」

「いいんだよ。どうせ地表には降雹で何一つ残ってないんだから」

「それはそうなんだけど、あれ? 丁度このドームの上辺りじゃないか。とは言ってもあの空を突き破って千メートル先だろうけど」

「そんなに?」

 リヴァイが差した青空を俺は見上げる。


「地下トラムは気づかないほどゆっくりと下降してる。君が思っているよりもここはずっと深く安定した地層に存在するのさ」

「なんか不思議だ」

「そう? 僕はここで生まれたからそれが普通で当たり前のことだけれども……」



 急ぐ訳ではなかったが、俺はまだ明るいうちに笑顔で手を振りドームを後にした。

 本当は『一緒に行かないか』と軽く誘うつもりでいたのだけれど、言えなかった。


 帰りはキツネ色の穂の広がる田園の代わりに寒冷化以前の海が映し出された。

 数匹のイルカが併走し追いかけてくる。

 リヴァイはやっぱりいい奴だった。今になって懐かしさが込み上げてくる。


 別れ際、『あっちに家族が出来たんだ』と、彼は嬉しそうに笑った。




 

 




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