第40話

 当日は朝から慌ただしい。

 纏わりつく幼女と春麗チュンリーをベッドに放り投げてチョップしながら、絵の道具と食料や飲み物を無造作に頭陀袋ずたぶくろにかき集め、家をでる。

 ブーブーと二人の鳴き声が背中に飛んできた。

 それから徒歩で1時間ほどかけて、スチームパンク・シティーの外壁の傍まで辿り着く……。


「なんだよっ! その格好かっこう!」

 タケルは全身がプロテクターだらけ――腕にも脛にも。頭にはヘルメットをかぶり――クリケットバットを持っている。


「しょうがないだろ。出掛ける理由がいるじゃん。親にクリケットの大会だって説明したんだ。そっちこそなんだよ、そのベレー帽っ!」

「うちの親はやるんなら形から入れってタイプなんだよ。画家は肩パット付きのボロボロフリフリの衣装を着て、ベレー帽を被ってるもんなんだ」

「何それ? 危機感がなさ過ぎ。永久凍土なんだぜ?」

「そっちこそ短パンで太もも丸出しだよっ!」

 言い争いになったのはこれが初めて。



「まぁまぁ、防寒用のインナーは僕が持ってきたから心配いらない」

 僕達の死角から宥めるような声がかかった。


「なんだよそれ! 変な格好っ!!!!!!」

「なんだよそれ! 変な格好っ!!!!!!」

「なにって最高だろ?」

 リヴァイは髪を掻き上げる。


 風になびく深紅のガウン……マント? 

 純白のブーツから伸びる純白のズボン……タイツ? 

 青いバラがあしらわれた黒いベスト付きのシャツ……ブルゾン?

 背丈より長い金色の尖った槍の柄の部分には口を開けている……ライオン???


 二人とも固まってしまう。

 だがタケルがいち早く我に返った。まったく頼りになる友人だ。


「……バルーンでピンクタワー見てくるだけだぜ? どこで売ってんだそんなの?」

「僕には拘りがあってね。ま、服装は個々、自由ってことでいいじゃないか。さあ、出発しよう」

 それ以上、突っ込むこともできず、僕とタケルは顔を見合わせながらリヴァイの後に続いた。自由を大切にするスチームパンクに門番は居ない。壁門をくぐれば蒸気の恩恵のない修羅の世界だ。


 バルーンは門の傍の芝生に停留していた。実際に見るのはこれが初めてだ。衣装のことはすっかり忘れて、朝日に光る機体を前に、僕はなんだかワクワクしてきた。



 パカッ。透明のハッチが開く。


「さぁ、乗り込もう。三時間ほどはなにもやることがない。防寒インナーを着込んでお喋りしてたらピンクタワーに到着するよ」


 僕達が乗り込むとハザードが光り、バルーンはゆっくりと上昇していく。

 蒸気式のエレベーターみたいだ。

 なんだかお尻がこそばゆいけれど、気分が悪くなったり恐怖は感じなかった。


 

 スチームパンク・シティーが徐々に小さくなってゆく。やがてそれは、視野風景に広がる新しい地図に組み込まれた一個のパーツとなった。漠なる大地に点在する様々な世界観の都市が浮き彫りになる。


 ? 人にはどうしてこんなにも沢山の世界感が必要なんだろう? それが……そのまま独り言になった。


「何でって、料理にも好き嫌いがあるだろ? でもあんまり好き嫌いを言ってると、俺んちみたいに――うんしょっ!――引っ越しばっかりで苦労するぜ」

 タケルは防寒用インナーを穿くのに四苦八苦してる。


「だとしてもこんなに必要かな~?」


「漠なる大地に暮らしているのはそもそも変わり者が多いのさ。それでは皆様~♪ 左手に見えますのが、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド……通称、楽園地帯でございます。地上民の大半はあの赤道ベルトの狭いエリアに住んでいるのでございますね。太陽とマザーAIの恩恵を両方受けて、貨幣経済があるのにお金はいらない、自由とデカダンス(爛熟の末の退廃)のロクデナシが暮らす……」

 リヴァイは何かの物真似をしているらしいが、正直よくわからない。


「おやじもせめて楽園地帯に住めば良かったのに……すげー暖かいらしいじゃん」

「だけど楽園地帯に住んでるのもたったの5%で、大半の人間は地面の下でしょ? ――うんしょっ!――なんだか不思議だよね」

 僕もやっとこさ、ぴっちぴちの防寒用インナーを装着し終えた。


「永遠に生きる為に何が必要か。海中でお魚と戯れるか、もう一つの地球を享受して地下で夢を見るのか、太陽を浴び欲望のままに生きるのか、厳しい環境で生きがいを見いだすのか、そこに区別も差別もない。人はただ自由に人生を楽しむだけでいい。それよりご覧あれ『若き挑戦者よ、いざ冒険の旅にIt's always a match!』右手に見えますのが、地上の大半を我が物顔で占拠する、危険な永久凍土でございます~ぅ」

 リヴァイがまた変な物真似をしてる。けど、突っ込むのはやめておいた。


 僕は目を凝らす「うわぁ」言われて初めて気がついた。

 だって何もないから、そして何もないのに美しかった。


 氷の白い世界。なんだか崇高で、そしてやっぱり見渡す限りなにもない世界。

 持ってきたスケッチブックや絵の具は役に立たないだろうはじめて見る世界。



「それじゃあ、ポチッっとな」

 リヴァイがボタンを押すと、バルーンは滑らかに向きを変えた。





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