第14話

「Pちゃん。本当にバルーンで寝るの?」

 少女は大きく伸びをしながら聞いた。

 

「ええ。Ninja(忍者)の格好じゃこの街の世界観への冒涜です。それに貨幣文化はどうも納得いかない。消費に通貨が必要なのは許容できても、自分の労働対価を赤の他人に判断されるなんて、まるでニケフォロス王朝の悪政みたいだ」


「小難しいな~Pちゃん」

 よほど帰路に疲れ果てたのか、アルフェスの憎まれ口はそれだけだった。


「そっか。それじゃ私は生乳もらいに行くから二人は先に帰っててくれ」

「了解しました」

「了解っす」

 Pちゃんをバルーンに残して、パーティーは解散した。



 朝方の出発が、帰りは夕刻になった。教授とアルフェスは足を引きずるようにして宿屋の二階にあがる。教授が「よっこいしょ」と腰をおろし、アルフェスは装飾品の盾を窓辺に吊した。


「アルフェス。ついでに大根を取ってくれ。食べ頃じゃろうて」

 教授が声を掛け、テーブルの上に白く輝くボトルを置いた。


「なんだよそれ?」

「フィンランド産のウォッカでの、フィンランディア。シベリウスの交響詩の名でもある。白い夜に白いみ大根でこれを飲むのが楽しみだったんじゃ」

「マジか~実写で酒飲む気? 体壊すぜ、教授。VRにしとけよ」


「VRもいいんじゃがの。もう一つの地球で飲む酒はいつも同じ味がする。味気ないとはよく言ったもんじゃ」

 教授は断りもなく二人分の酒をグラスに注ぐ。


「いやにセンチメンタルだな。しゃーない。付き合ってやるよ。なにか気懸かりでもあるんだろ」

「アルフェス。ターボエンジンなんて言葉を知っとるか?」

「いやまったくわかんねえ」

「じゃろうな。ふむ。VRで昔のレースをするのが趣味とかならいいのじゃが……」

「……? 怪しいならどうして連れてきた」

「これを見せられてはのぅ」

 教授はピンクタワーの欠片をテーブルに置いた。


「ダイヤモンドカッターなんぞ、それこそ楽園地帯の骨董品店でしか手に入らない。思案している途中じゃった。動力がないから手動でゴリゴリ削ったとは驚いたが……これが手に入ればクエストは、ほぼ成功したようなものじゃのぅ」

「そんなに重要なものなのか?」

「あの塔が生物由来であることはわかっていたが、あの図体を育てたエネルギー源は謎のままでずっと放置されてきた。これからもそうじゃろう。今回はこの素材の有効活用ができるかどうかの調査でのぅ」

「ふ~ん。固いから地下空間の間仕切りするパーテーション素材にでもするつもりかな~マザーAIさん」

 アルフェスは欠片を『パチンッ』と指で弾き、コインのようにくるくると回した。


「予断をなくして調べるのがわしの役目じゃ。錬金術は中世ヨーロッパの世界観でも違和感はない。腰を落ち着けて調べることになるじゃろう。セレン様とアルフェスはのんびり……Pちゃんの監視だけでいい」

「心配するな。あの若造の荷物の中にブルーバードの卵を紛れ込ませておいた。妙な行動をとればすぐにわかる」

流石さすが、カッパギのアルフェスじゃ抜け目がないのぅ。しかし一撃とはいえ、セレン様の剣技を受けきるとは……」

「姉さんは絶賛、若返り中だからな……そりゃ全盛期と比べれば力は落ちるさ」

「いつもならわしらを吹っ飛ばして切り刻んでいる……」

「無用な殺生をせずに済んだことに乾杯しよう。夜が白くなってきたぜ」

「ふむ」


 チーン。ボリボリ。ゴキュ。ボリボリ。ゴキュ。ボリボリ。ゴキュ。プハー。


「美味いっ!!!!」









 アスパラ咲く北国の道~♪ asuparasakukitaguninomiti


 丘で白銀ネズミが~Oh♪ okadesiroganenezumiga


 遠くに来たねと悲しく鳴くよ♪ tookunikitanetokanasikunakuyo


 浪速~女の♪ naniwa onnnano 


 浪速~女の♪ naniwa onnnano


 みちのく未練恋♪ mitinokukoimirenngoi


 


 パチパチパチ。


「上手いじゃないか。初めてとは思えないよ」

「あばぁぶ」

「ちゃんと人工言語が表示されるの便利ですね。とても歌いやすい」

「最新式のカラオケだからね。高かったんだよ」




 それぞれの白い夜だった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る