第82話 

ももじゃっ! 桃じゃっ! これは! 桃桃桃桃桃桃桃桃桃もももももも なのじゃっぁ!!!」

 教授がなにやらわめいている。


「フーッやかましいっ! シャーッ」

 昼寝を邪魔されたおばさんが、犬歯をあらわに威嚇した。




 あれから俺たちの日常は変化した。発掘は一時中断してブルーバードの指揮の元、教授はとある訓練にいそしんでいる。

 お疲れ様……苦笑しながら、空気中の水分を吸い寄せるボタンを押して、コップに水を落とす。喉を潤し、ついでに平皿にも満たして、猫の鼻先にそれを置いてやる。


(ぴちゃぴちゃ)「まどろっこしいね。VRで直接その科学者に会えないのかい?」


「それは無理だね。姿を隠してる。その科学者のAIが、グローバル企業を差し置いて採用された背景には後ろ盾のトルコ共和国の影響が大きい。確かに国家プロジェクトの一部門の総指揮を執ったが、彼はアゼルバイジャン政府を信用もしていなければ、忠誠も誓っていない。単なる技術者さ。目指す、仮想空間と現実空間を高度に融合し人々が活き活きと活動できるスマート社会の実現の為の謂わば、そこは実験の舞台でしかない。AIやロボやIoTなどの古い技術を駆使して社会的課題を解決することだけ彼は情熱を燃やしている。子供の頃に余程のトラウマを抱えていたらしく、虚栄心も名誉欲もない。もともと表舞台に出たがらない、恥ずかしがり屋さんだったそうだ」

 説明が小難しくなってしまった。



§

 身長185cm 体重70kg 血液型O型 若白髪の銀髪 瞳色・アンバー(琥珀色)

 極東の国の漁師町で生まれた彼は、幼少の頃に大きな震災を経て、科学者を志す。

 そもそも神童と呼ばれていたが、その後の彼の知能指数の飛躍は破天荒であった。

 誰も思い馳せたことのない夢の発明を誰に頼まれた訳でもなく勝手に誕生させた。

 彼は希代の天才科学者。頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群、思慮深く温和な……

§




「桃っ! これは桃じゃっ!」

「うるさぃっ!」


 予想してたイメージと違う。資料では恥ずかしがり屋さんの彼も、普段はお喋りで随分とうるさかったようである。若い頃の教授もそうだったのだろうか?



 つまり、教授とその天才科学者はDNAが同じ。

 マザーAIが人類の存続を補助する為に人類の理想像としてコピーしたのはくだんなのである。それを金太郎飴のように増殖させ、教授達は生まれた。


「いっそ、その男を若返らせた方が早いんじゃないかい?」猫が聞けば、

「人造人間の若返りは禁止されています」と青い鳥が即答する。


 若返りは俺も考えた。だが禁止されている上に、そのメカニズムがわからない。

 加えてその科学者が、―nənəナナを誕生させたのは、二十代前半のことである。


「めんどくさいねぇ~」猫が腹をだして身をよじる。


「それに単純に若返っても意味は無い。DNAが同じでも人格はイコールではない。これは育った環境の違いと言う生易なまやさしい話でなく遺伝情報が等しくとも遺伝情報のどの部分が発現するかは飽くまで偶然の産物であり、運! 一卵性双生児であっても同じ人間ではありえない。だがさりとて、思考の傾向はトレースできうる。なので、地道に彼の生まれてからの環境を知り足跡そくせきを学んで、ハリウッドの名優ばりに演じきれば、答えを見つけられるのではなかろうか? ってのが、私の作戦だ」

 ブルーバートが、片翼を掲げる。


「街に潜むサイコパス殺人鬼を探すなりきりプロファイラーの映画じゃあるまいし、爺じゃないかそいつはっ! 赤ん坊からをやり直すなんて本当に意味あるのかい?」


「逆にそれ以外の方法はない。最強の量子コンピュータは瞬時に最適解を導き出してしまうが故に、脆弱で不完全で馬鹿な人間の行動は推測できない」


「桃っ! これは桃じゃっ!」

「うるさぃっ! いい加減にしないと引っ掻くよっ!」



 ふ~やれやれ。だが、トレジャーハンティングに苦労は付きもの。同じ遺伝子が、想定される時代で自らが育った環境と成功体験とその挫折をトレースして自分自身を具現化し、その思考を読む。それが宝探しのキーになるなんて極めてロマンチックだ。

 ……彼の人格を結晶させてやる。



「ところでジュニア。君は本当にセレンさんの見送りにはいかないのか?」

 教授と猫の紛争を持て余し、ブルーバードが俺に話しかける。


「センチなのは嫌いです。それに、永遠に会えないわけじゃない。母が若返るなら、短冊に願いを込める伝説のように、天の川を渡って、またいつか再会できる」

「君らの親子関係は解析不能だな。セレンさんもジュニアならそう答えるだろうと、同じことを言っていた。でもそれでは寂しいと……引っ越しには条件があるそうだ」

「条件?」

「男の子はレディーにプレゼントを贈ってナンボじゃ! だそうだ」

「はい?」

「ぎゃぁ~!!! セレンちゃんに頭をぐりぐりぐりぐりされてるぅ~」

 胸のポケットからテントウ虫が這い出してきた。


「プレゼントして欲しいのは、その洒落しゃれたブローチだそうだ」




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