第6話

「ギルドの互助会すら駄目だった、地球死ね」


「まぁまぁセレン様」


 翌朝は胸がすくような快晴だった。けれど少女の心は至る所で赤ん坊を預けるのを断られどんよりと曇っていた。宿屋の主人も生乳をくれた女性も、とりわけ婦人部をとり仕切る女性は手厳しかった。それがなぜなのか少女にはわからなかった。


「命を預かるとはそれほど容易ではないということですな。ましてや我々はよそ者。いつ消えるかもわからない。なぁに、ブルーバードの保温ゲージに入れておけば問題ないでしょう。馬車なら二週間はかかりますが、バルーンなら二時間ちょっとの距離です。だからこそわざわざ永久凍土に一番近いこの街に集合したわけですから」

 教授は至って冷静である。


 その隣ではアルフェスが屈伸運動をしていた。敵がいるわけではないが永久凍土で油断は禁物。戦闘モードに入れば少女は我を忘れる。それを知る彼は状況のバランスをとるべく常に緊張を強いられる。屈伸の次は入念に手首を揉みこみ最後はっぺをパチンっ「じゃあいつものあれやるぞ!」二人に声をかけた。






◇ VR体操第一、よぉ~い。



テンテレテレレレ♪ テンテレテレレレ♪ テレテレテレテレテレテレテン♪


栄養グミをポケットから取り出して、大きくお口の運動から~はいっ!


イチ ニ サン シ  VRゴーグルを装着 お好みの料理を選択して


イチ ニ サン シ  グミをお口に入れて VR映像に合わせて噛む


イチ ニ サン シ  匂いをイメージして 栄養素が行き渡るように


イチ ニ サン シ  もぐもぐ、もぐもぐ よく噛んで~~もぐもぐ



◇ VR体操~第一、終了~。





「ふ~満足」「旨かった」「やっぱりイタリアンにすればよかった……」

 三者三様の声が出る。


 鶏のモモ焼き理論。

 鶏のモモ焼きを立体印刷してから現実で食べるのか。

 鶏のモモ焼きの栄養素をグミで摂取して、VRで処理するのか。


 どちらがより健康に良いかの結論はまだ出ていない。だが、朝食が大切であるとの見解は一致している。これに関してはパーティーにおいてアルフェスが特にうるさく几帳面だった。


「そろそろ出発しますかの」

 赤ん坊を入れたゲージを携え、教授がバルーンのハッチを開けて皆が乗り込む。

 唯一、居場所を奪われたブルーバードが、所在なげに旋回していたが、少女が鎧の胸元をそっと開けると、喜んでそこに飛び込んでいった。


「発射オーライっ!」

 バルーンは、初手しょてふわりと浮かんだ。誰もが合理的で且つ快適な空の旅を期待したその瞬間に予想は裏切りられた。突如、爆発的に加速し刹那、人間の空間認識能力を馬鹿にさせるほどの猛スピードで、バルーンは地上数百メートルにまで急上昇した。

「なにっ?」少女は思わず教授の側にあるゲージを奪い抱きかかえる。


 石垣で囲われた街がみるみる小さくなる。新しい地図を視野風景に認識させる。

 各所に点在する様々な世界観の都市が、その地図上に浮き彫りになった。


「乱暴すぎるぞっ!」アルフェスが叫ぶ。


「低空飛行は景色で酔いますからな。0.1秒に4センチ程度下降しながら目的地に向かうのが最適解であると判断しました」「なにその謎理論!」言葉が交錯する。



「あらめて思うが、地上にはマザーAIに頼らず自力で暮らす人が結構いるんだね」

 少女が場違いな呟きをした。


「世界全体のカロリーは誰が作り出しているのか? セレン様、そこが重要です」

 教授は諭すように言う。



 背後からの順光(逆光の逆)に照らされて、ぬめぬめとピンクタワーが光る。

 バルーンは滑るように発進したのであった。





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