第5話

 白い夜とは、夕暮れののち30分ばかり訪れるありふれた自然現象である。

 地球上のあらゆるものをはからずも幻想的に且つ明瞭に浮かびあがらせる。


「赤白の対比で、てっきり近場だと錯覚してしまいますが、あの辺はもう永久凍土の領域です」

 教授はそう説明した。



「ってことは実際は結構でっかくて、恐ろしく高いってことだよな?」

 アルフェスが、やや興奮気味に二人の側までやってきた。

 教授はうなずいて、懐から模型を取り出し簡易テーブルの上に置いた。


「おおむねこんな感じだと考えてもらえれば」

「ほそっ! ながっ! まるで20世紀の映画に出てきそうな建物だね。上からぶら下がってる巨大ゴリラが今回の標的かい?」

 少女が模型を興味深げにのぞき込む。


「コホっ、そいつは今回、関係ありません。地上にも5階程度の建て物はありますがロケットペンシル風に意味のない建造物などセレン様は映画でしかご覧になったことがないでしょう? なので参考までに」

「謎だ。下は日陰になって楽園地帯なら殴り合いになっている。こんなの建てたのはもしや……宇宙人かっ!」

 少女の目がキラキラと輝いた。


「いやそんなSFチックな与太話よたばなしなわけがないでしょう……」


「ともかく、この塔にモンスターやらお宝が眠ってるって寸法だな」

 アルフェスが教授の頭を押さえつけ模型を指で弾いた。


「いや特別なにも……中身は空洞らしい。今回は夏の間中そのを調査するだけの、のんびりしたクエストです」


「はぁ? 地味っ! 教授が受けるクエストはいつも地味っ! それじゃぁ、姉さんや俺が参加する意味ねぇじゃん。俺たちは教授のお守り役じゃねぇんだぞっ!」

「永久凍土に老人が独り単独で突入するのは無理ですわ。それにこれは、マザーAIから依頼された正式なクエストですからのう」

「んなもん犬型ロボットでも放って調査すりゃいいじゃねぇか。あいつら永久凍土も平気だし太陽フレアで磁場が乱れたって解析くらいできんだろ。先月もさぁなんだよ海底のグラスファイバーの鎖が絡んだから直せって……地味っ! 地味すぎる!」

「マザーAIだとて神ではない。機械もまた万能ではない。だからこそ我々のような存在が必要なのです」

 教授はまるでバレリーナのように足を上げ、ブルーバードが羽ばたいてその爪先つまさきにとまる。




 白い夜は夜にうつろい本格的な寒さが忍び寄ってきた。地面から這いあがる悪魔は宿屋の一階を凍り付かせる。しかし英知の結晶である超高性能断熱材がまるで天国への関門のようにネズミ一匹も通さず、二階部分は不気味なほど快適であった。

 窓の外に干してある教授の大根だけがみるみる縮み、旨味を凝縮してゆく。



「話はわかった。しかしどうやってそこまで行くの? 馬車でも使うのか? 教授はさきほど、かなり遠いと言ったばかりではないか」少女が問いかけた。


「心配には及びません。街を取り囲む石垣の外にバルーンを係留させております」


「ちょっとまてバルーン? バルーンだって? それじゃあなんで俺たちは苦労して人力でここに現地集合したんだ?」

 アルフェスが教授の首を思い切り絞める。


「ぅぐ、ごがぁ、それはですな。機械は世界観にそぐわないので人間らしい生き方を貫くここいらの住人の信条を尊重して」「じゃあなんで教授だけそんなもん持ち込んでんだ?」「ぅぐ、ごがぁ。わしは欠陥品です。楽園地帯以外の地上では無力……」「ひとりだけ温々ぬくぬくと楽しやがってこのやろう」「ぅぐ、ごがぁ」「誰が作った?」

 少女は質問を追加して、仕方なく殺人事件を未然に防ぐことにした。


「げほっげほっ、殺す気かアルフェス」教授が咳き込む。


「ついに永久凍土に住み着く物好きが現れたか。例えば古代バビロニアの世界観……バベルの塔を建てて、マザーAIが神様代わりに雷で破壊するまでがプレイ内容……えらくビターな設定だな」アルフェスが首をかしげる。



「いや出来たのは大昔です。地軸が傾いてから300年後にはあったそうですから。でも誰が作ったのかも含め予断なく調査したいので今回は何も考えずに……ところでセレン様……なんですのんその赤ん坊!?」


「いまごろかいっ!」

「あばぁぶ」






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