第33話

 夕日を背にその男はやってきた。


 ローレン♪ ローレン♪ ローレン♪ 

 ローレン♪ ローレン♪ ローレン♪

 ローレン♪ ローレン♪ ローレン♪ ローハイド♪


「おかえり~♪」

「おうっ! ただいま」

「雪焼けしたね~おじさん」

「ジュニアもちょっと留守してる間にまた背が伸びたな」

 おじさんは僕の頭をクシャクシャっとする。


 スチームパンクの世界感を完全に無視して、ギター侍は帰ってきた。

 自らが跨がる巨大ヘラジカを先頭にミヤマクワガタみたいな角を生やした荷物持ちの中型ヘラジカ十数匹を縄一本で誘導し、しもべのように引き連れての凱旋だ。

 見かけた人々は口をあんぐり、ひそひそ話する。

 確かに世界観も調和もへったくれもあったもんじゃない。


 けれど僕はこのおじさんが大好きだ。幼女の一番の舎弟であり、僕に名前をくれた庇護者の一人。地表の大部分を占める広大な永久凍土のパンドラの箱を軒並み開けて根こそぎ奪っていくトレジャーハンター。通り名は、カッパギのアルフェス。



 その夜、ささやかな宴会が開かれた。

 庭にテーブルを設置して、椅子とソファーが並べられる。

 シノワズリのおじさんの為に、お隣のそうさん夫婦が腕によりをかけて特製の中華料理を準備してくれた。紹興酒も揃えてある。


「今回の旅はメキシコからキューバあたりまでだった」

「それで変なギター持ってるんだね」

「ギターだけじゃないぞ。ほれ、ソンブレロ・デ・チャロだ」

「ぬぉ。ヘンテコな帽子」

 おじさんは刺繍や飾り紐のついたフェルト製の奇妙な帽子を僕に被せた。


「ジュニア~とってもメキシカンなのだ」

 幼女が手を叩いて喜んでいる。パンクじゃなくていいのか?


「しかしクエストが廃れてみんなトレジャーハンターを始めたとは言え、ひょうの降る危険な冬場に冒険に出掛けるのはアルフェスさんくらいなものですなぁ」

 曹さんは自慢のトンポーロー(中華風角煮)と付け合わせの蒸しパンをテーブルに置く。立体印刷じゃない本物の料理だ。


「ありがたい。何ヶ月も栄養グミばかりで辟易してたんですよ。いつもすみません。曹さんの料理は最高……あぁ……雹が降ると言ったってピンクタワーでビバークしながら天候に気を配りさえすればなんてことはない……極寒ですけど」

 アルおじさんはとろっとろの角煮をほおばり目を細める。


「ほぃ~四川風麻婆豆腐も食べとくれ。私は話を聞くだけでも恐ろしいけどね。頭にゴンと当たれば死んじまうじゃないか」

 曹婦人が両手を広げ、天を仰ぐ真似をした。


 地軸が傾く直前、人類は地下空間に逃げ延びた。建物も持ち物もほとんどそのまま置き去りに……空気中の水分が一瞬で氷になるように無人の都市ができあがった。

 けどそれも積年の降雹に晒され今は跡形もない。建造物はどこにも残っていない。

 しかし地面の下には……


「な~に。このスマートグラスとPちゃん特製の秘密道具さえあればそんなに危険なことはないのさ。……なっ! 相棒」

 アルおじさんが、Pおじさんの肩を抱く。


「お役に立てて何よりです」

 Pおじさんはもう顔を真っ赤に染めている。宴会前から紹興酒を飲んでいたのだ。


「冗談じゃない! スマートグラスだけじゃ計算できなくて、結局はあたいに仕事をやらせてんだからね! 約束通りお宝の3割はあたいのもんだよ、アルフェスっ!」

 突然、庭の石垣の上で猫が大声をあげた。


「わぁ~にゃんこちゃんだ」春麗チュンリーが万歳して走り出す……って、僕も!!!


 二人で猫の手足を掴み石垣から引っ張って、わっしょいわっしょい担ぎ上げた。


「こらっ! 子供らっ! 毎度毎度、あたいの端末で遊ぶんじゃないっ!」

 宴席の中央に連れてこられて、猫なのにブーブー言う。

 でもいくら注意されても綿毛のような白い毛並みを撫でずにはいられない。

 もふもふがたまらニャい! 


「ふふ。テルルさんは子供達に人気がありますね」

 Pおじさんはわざと、猫の瞳に映るように乾杯の仕草をした。


 そうなのだ。この猫はテルルおばさんの本体ではない。パーティーメンバーの誰もおばさんがどこにいるのかを知らない。正体が人間なのか機械なのかもわからない。けれど感覚器官はダイレクトに同期しているらしく、見えるようにウインクをすればウインクを返してくるし、脇腹をくすぐれば、おばさんは悶絶するのである。


「テルル、欲張りすぎだ。宝を売った金はあねさんの生活費の足しにPちゃんに渡すから……1割5分……1割だな」

「1割だって!? この腐れアルフェスっ!」

「そもそもなんで貨幣なんか必要なんだ? 理由を言ってみろ」

「……うぬぬ~ぐぐ~」

 歯ぎしりする白猫をやっぱり僕たちは撫で回す。


 そう多分、地表の一部の人間にしか貨幣なんてものは必要ない。同じ地表で暮らしていても、楽園地帯では趣味で売買をしているに過ぎなくて、直接的にマザーAIの恩恵を受けている。地下空間や海中都市では、元からそんな概念が無いらしい。

 だけど僕はそれは素晴らしい仕組みだと考えている。自分が頑張った分だけ自分にご褒美があるなんて、凄く綺麗で美しい数学の公式のようだと思う。貨幣経済万歳。


 アルおじさんが持ち帰ったお宝も、一体どれくらいの価値があるのか考えるだけでわくわくする。海水から幾らでも取り出せる純金なんて物に価値はなくとも、そこに思わぬレガシー(遺物としての価値)が、隠れているかもしれないのだ。



「やっぱこの街は暖かいな。でも湿気は相変わらずだ。宗教否定もナンセンス」

 隣でおじさんがぽつりと零した。今回はどれくらい我慢できるだろ?

 街に飽きたら旅にでる。そんな自由な生き方に、僕は憧れている。

 






 



 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る