第34話

 宴もたけなわ。じつは僕は花梨酒を一口だけ飲んでいた。ふわふわとした気分で、芳しい香りがまだ喉に残っている。胃のあたりが熱い。

 Pおじさんがウインクする。幼女がカラオケしている間にこっそり飲ませてくれたのだ。また男同士の秘密が増えた。だけど今夜は特別な夜なので、いいのだ。



「よしっ! 今度はアルフェス歌えっ!」

「やめてくださいよ姉さん。俺が音痴なの知ってるでしょ!?」

 攻防は続くが、姉さんの言うことに舎弟は逆らえず、しぶしぶ蜜柑箱の上に乗る。


「えー、皆様方~毎度歓迎の熱烈おもてなし感謝の限りです。……不詳、カッパギのアルフェス。一曲、歌わせて頂きます」

 拍手が巻き起こった。


 その頃になると曹さん夫妻も料理の手を休め、ソファーでくつろいでいる。

 羊の丘と呼ばれているコッツウォルズ風の住宅地は保守的で伝統を重んじる。その排他的な空気の中で僕が生まれる前からどれだけこの隣人に助けられたことだろう。

 お隣さんが好人物であることは、なにものにも勝る幸いだと僕は考えている。


 孤雲なのだと強がってみても人間の心ってのは弱いものなのだ。(小難しい?)




 アルおじさんが歌い終える。ど下手だった。次は春麗チュンリーの番。


 4歳児の癖にチャイナドレスの裾をわざとヒラヒラさせるので、みんなずっこけて大笑いした。(月がなくてもピーチ♪ ビューティフル・ピーチ♪)

 ライバルの幼女はそれを見て、負けじと次の歌を探すのに夢中になっている。



「Pちゃん………………ジュニアに酒飲ましたのか?」

 アルおじさんが僕らの隣に座り、正面を向いたまま小声で言う。


「なぁに、こいつは初めてじゃない。前からウチの工場で盗み飲みしてたんですよ。だから飲むなら俺の前で飲めって男と男の約束をしたんだよなぁ、ジュニア?」

 僕は頷いた。そうなのだ。大人になってもお酒には逃げないと決めているけれど、好奇心には勝てなかったのだ。そしてお正月と今日みたいな日は特別なのである。


「しょうがないな。宴会が終わったら、コーヒーでも飲ませて姉さんを誤魔化そう。どうせ今日はPちゃんちに泊まるんだ。例のアレも運ばなくちゃならないし……」

 例のアレ。そう男同士の秘密のアレ。





 オーロラの灯りの下、三人の影が、闇に溶けては浮かびあがる。

 僕たちは蜘蛛の糸で作られた頭陀袋ずたぶくろを背負い歩いている。

 ヘラジカは使えなかった。24時間操業している工場の騒音に怯えるので、家の庭に繋いである。それにアレを運ぶのに目立ってはいけない。汗がぱらっと落ちた。


「ふぅ~なんとか誤魔化せたけど、姉さんはジュニアを猫かわいがりしてるからバレたら大変だったぞ」

「セレンさんはちょっと甘やかし過ぎなんですよ。地上で生きていくのなら、何事も経験経験、なっジュニア!」

 Pおじさんは袋を握った逆の手で僕の頭をガシガシした。


「まぁ、ちょっと過保護だよな。ふぅ~やっぱりこれくらい量があると重いな」

「いつもすみませんね、アルフェスさん」

「Pちゃんに姉さんとジュニアの面倒をみてもらってるんだ。これくらいなんてこと無いさ」

 そう、Pおじさんは正式なパーティーメンバーではなかっらしい。なのに、僕たちの生活の面倒をみてくれている。グラディエーターが若返っている間は本来、それはメンバーの仕事なのだけれど、運の悪いことにパーティーのしきり役で幼女の育ての親でもある人造人間が亡くなり、それを引き継ぐメンバー2も蒸発したそうでこんな変則状態になったようなのである。


 腕が攣りそうになった頃、ようやく工場に辿り着く。二階の事務所にあがり、用意された木箱の中に袋の中身を注ぎ込むとコイン型に揃えられたピンクの破片がじゃらじゃらと重なり積み上がった。僕はそれを、ひとつ口に放り込む。ドロップみたいになめ回すと甘い味がする。


「こんな物が役に立つとはね」

 疲れたのか、アルおじさんはソファーにきゅしゅーと音を鳴らせ座った。


「うちの工場の生命線ですよ。さぁ、もう一杯飲みましょう」

 Pおじさんは、雪の結晶のようなフィンランディアの白くて細長い瓶のキャップを開ける。きゅぅぽん。フィンランド産のウォッカで、これと外で干されたみ大根を食べながら一晩中、男同士で語らうのが、アルおじさんが凱旋した夜の習わしだ。

 女は女同士。家では幼女と猫と春麗がパジャマパーティーをしてるはずである。



「世界中どこに行ったって見た目は同じさ。建物は瓦礫か砂粒で車はせんべいみたいにひしゃげてる。だけどその地下に車の隙間にその土地土地の郷土色あふれるお宝が眠っているわけよ」

 アルおじさんの名調子が始まった。


 僕は目をこすりながら聞いている。ウォッカは飲ませて貰えない。(いい加減に)っとアルおじさんに睨まれながら受け取ったコーヒーを持ちソファーに座っている。

 早く大人になって男同士、酒を酌み交わしたいと思うのである。あれ? 僕は大人になってもお酒は飲まないじゃなかったっけ? まあいいや。今日は特別な夜だ……


「ときには巨大な地下空間がそっくり残っているなんてこともある。熊の人形なんてのが埃を被ってたりな……そうそう。とっておきの物がある。こいつは売らずにここに飾っておこう」

 アルおじさんがカウボーイジャケットの内側から小さな物を取り出した。

 写真? 絵? 


「リトグラフだ」

「ふ~ん。(リトグラフってなに?)きれいな女の人だね。古代の映画女優さん?」

「さあな。だけどある人に似てるだろ?」

「?」

「はは。ジュニアは……そう言えば、Pちゃんもわからないか。姉さんだ。姉さんが大人になると、まるでこの写真のひととそっくりになる」

「ほ?」

 僕が物心ついたとき、幼女は小学6年生くらいの女の子だった。若返りを折り返すグラディエーターは二倍速で成長する。幼女はいつかこんな女性になるの……? 


「なるほど、俺も少女の姿しか知りませんね。それもはっきりとは覚えていません」

 Pおじさんがリトグラフを覗き込む。


 ふむふむ。やっぱこんな風に成長するんだ。……ちょっと想像がつかない……けれど……多分、大人になれば言い出したら聞かなくなる性格も直ったり……するの……かな~………………


「どうだ? 不思議な感じがするだろ? 俺たちパーティーはこれを何度も繰り返してきた。どこのパーティーも同じでグラディエーターが若返り中は、ま、定休日だ。それが終わればトレジャーハントなんか地味に感じるくらいエキサイティングな……ジュニア? おい、聞いてるのか?」

「寝てしまったようですね」

「なんだつまらない」

「明日も学校があるので早く寝かせたほうがいいでしょう。さ、もう一杯」

「学校ってのが俺にはよくわからんな。姉さんが地上の世界感の中で育てると決めたから仕方が無いが……まさか教授が死ぬとはな~考えもしなかった」

「学校で頑張って勉強して工場を助けてもらわないと。ジュニアは研究者になるそうなので」

「ん? 俺にはトレジャーハンターになると言ってたぞ?」

「ははは」

「……ま、姉さんが復活してもクエストはもうほとんどない。クズ拾いをするくらいなら地上で好きな研究をするほうが幸せかもな」

「クズ拾いだなんて……宝探しなんてわくわくするエートスだと思いますけどね」

「性には合ってるな。それに真冬は俺の独壇場だ。メキシコからキューバまでは海が凍り付いて歩いて行けるがビバークするためのピンクタワーは海上にはない。それが可能なのはPちゃんが開発した蜘蛛の糸のドームを使える俺だけだ……」

「お役に立てて何よりです」

「Pちゃんももう一杯飲めよ。……もう一つの地球で飲む酒はいつも同じ味がする。実写で飲む酒はやっぱりVRとは違う気がするんだ。本音が出る」

「ふっ。これでもアルフェスさんの前では本音しか言ってないつもりですがね」

「ぽんっと広がるだけで巨大な雹を防ぐほど強力な蜘蛛の糸。これ以上の物を作って何になる?」

「学究の徒の探究心は果てが無いのですよ。出会った頃と一緒でまだ疑われているのかな?」

「疑ってたら姉さんの面倒をみさせたりはしないさ。ただ初めて出会った頃はなにか思惑があったことは確かだろ。心の内。この子と同じように……グラディエーターに両親を殺された身としては……だ」















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