第35話 裏アカウント⑥
月はこの世に存在しない。夜空を照らすのはオーロラの静かな揺らぎだけである。
「そうですね。逮捕権のあるポリスと唯一、人間の生死をジャッジできる立場にあるグラディエーターとはどんな存在なのかこの目で確かめたいとの思いはありました。とは言え、両親を殺害した人物がセレンさんであるはずもない。それに殺されるには殺されるだけの理由があったのだと十分理解しています。それが何であったのかは、今となっては知る由もないですが……」
年若い色白のメガネの賢者は、クリスタルのグラスからウオッカを一口
アルフェスもつられてウォッカを飲み「レジスタンスは霧が晴れるように消えた」と呟いたその後、激しく咳き込んだ。元々、酒にはそれほど強くはない男である。
「勘違いしないで下さい。それよりもクエストに興味があったのが本当のところなのです。人間だけじゃない。すべての生物の行方と地球のうねり。7年前に言った通りその行く末がどうなるのか、僕は見届けたい」
「だな。それが、Pちゃんのエートス。ゲホッ。人生に揺るぎないものがあることは羨ましい。俺は中途半端。夢の世界で満足することもせず、楽園都市のクズのように素直に自由を享受するわけでもない。何かを求めてポリスになって、この世界を守ることが正義だと思い込もうとした。その実、人生を持て余していただけなのさ。だが『レジスタンスは霧が晴れるように消えた』ゲホ。そして今は、宝探しなんてことをやっている。ゲホっ」
「アルフェスさんは相変わらず酒に弱いですね。俺はね、随分、強くなりました」
「実写で酒を飲むのは
「俺にはもう無くてはならないものになっている。本音が出るどころじゃない。この世の深遠が覗ける気がするのです。この感覚は恐らく地下空間の完全なVRでも体験することは難しいでしょう」
「おいおい。飲み過ぎだって
「限度は
「俺はPちゃんの100倍は生きてるがそんなのは考えても空しいだけさ。その日、その日を楽しくだ。クエストで人類を守ってると懸命だった頃はそう錯覚したこともあったがな。だが『レジスタンスは霧が晴れるように消えた』ゲッフォ」
「今夜は刹那的ですね。当然、そんなのは幻想です。俺なんか知能指数8---以上のマザーAIには及びもつかない。だけどそれを探すことをやめたら……」
賢者はそこで口ごもり、オーロラ流れる
めでたし。めでたし。
っとまあ、この屋敷から見える二人のやりとりを描写すればこんな感じか。しかし少々の苛立ちも覚える。大人が揃いも揃って迂闊すぎやしないか? センシティブな内容の秘密をぺらぺらと少年の側で話すなんて……ドラマでもよくあるじゃない?
少年は本当は眠っていなかったっ! な~~~~~~んてことが……でも。
幸いなことに少年、つまり僕はぐっすりと眠っている。グースカピースカ熟睡中。
なので。めでたし。めでたし。なのだ。ね? 教授。
《ふむ……》
賢者はまあ、昔からおどおどとして迂闊なところもあったけど、アルフェスも最近センチ過ぎですね。トレジャーハンターなんて最高に夢のある生き方なのに。
《主も好きな人生を選べるのじゃぞ》
架空の世界で? そこには価値を見いだせませんね。
《退屈ではないかのぅ》
退屈はしませんね。この屋敷には沢山の本があり、教授がいるのですから。
《わしは既に死んでいる。現実には存在しない》
ええ、肉体はね。
ですが、ラプラスの悪魔(すべての原子のある時点において作用している力学的・物理的な状態を完全に把握解析する能力があれば、因果律に基づいて未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえる)程ではないにせよ。マザーAIが作り出したこのもう一つの地球は教授の存在を原子レベルで見事にコピーしています。
《それはまあそうじゃのぅ》
それは生きていることとなんら変わりはない。実際の人生もVRで送る人生もこの隠された世界で生きる人生もやはり同等なのです。少々不思議なのは、僕のいる空間だけは作り出したマザーAIやその使徒でさえ覗くことが不可能な点です。
《それはわしにもわからん。ただ、主には幸せになってほしいとは願ってはおるよ。贖罪なんじゃて。わしを怨んでもセレン様……セレンを怨まないでやってほしい》
怨む? そんな心配はいりません。
最初、剣士は兜で顔を覆い素顔は見えなかった。
だけどそれはいつからか剥がれ落ちた。その素顔を僕は母だと認識した。
ええ。アルフェスが持ち帰ったリトグラフの女性とよく似ています。
気の弱い賢者は自らのことを 『僕』から『俺』と 呼び方を変化させた。
少年との関係性において威厳を示さねばと考えたのでしょうね。
関係性を構築したいと願う。そのことがそもそも愛だ。そして僕にも十分に身近な人に対する愛情が存在します。残念ながら教授は僕への愛情を持つまえに亡くなってしまったけれど、育てた子に対する愛情。僕の母にかける優しい気持ち。そのことを尊いと思う。やはり、教授は僕のおじいさんのような存在なのだと思います。
《相変わらず、小難しいのぅ》
なはは、すみません。こればっかりは生まれつきなのかもしれない。
それにここには時間的概念がない。
もしかすれば、僕は教授より、年寄りなのかもしれませんね。
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