第32話

「マザーAIは決断しました。月を盾として、隕石から地球を守ったのです。ですが月は旧来より年間3センチほど地球から離れていく衛星でありました。いずれは無くなる運命でした。なのでこれは結果の前倒しとも申せましょう。マザーAIは事前に月からヘリウム3を採取し核融合による永久的なエネルギー確保と人類が快適に暮らせる地下空間の構築をしていました。全て計画通りです。そしてそこに予想外の影響がありました。それは一体どんなことだったでしょうか? セレンジュニア君!」


「はい。リビドー性衝動エネルギーがなくなり、偶像アイドル崇拝と争いがなくなりました」


「正解です。ナイスですね」



 近代史の授業はとても退屈だった。こんなの神話と変わらない。

 学校ってこんなもの? だけど……嬉しい誤算があった。



「隕石ブロックしたのはいいけど、その影響で地軸が傾いて寒くなったんでしょ?」

「公転してる衛星が突如なくなって引力が切断されたんだからしょうがない。それもマザーAIの計算のうちさ。植物が太陽光から取り出せるエネルギーは1%足らず、それを食べる動物はそのカロリーの10%しか利用できない。地軸そのまま、太陽がギラギラ眩しくても、現在の人口維持に核融合炉は必要不可欠だったんだ」

「それよりさぁ~~~~半ドンってありえなくね? なんでわざわざ登校して半日で帰るの? 効率悪すぎて白けちゃうよ」

「わかる~僕も拍子抜けした。いくら19世紀の英国だからって」

「もっと厳密に運用されて宗教系の日曜学校があるよりはマシだよ。それだと休みもないし、土曜の午後は毎回、学校対抗スポーツ大会やらなきゃなんない。他校なんてこの街にはないからさ……ヘタするとおじさん達とクリケットやらされるかも」

「ひゃぁーそれは嫌だ」


 すごく心配してたけど友達が二人も出来た。……まぁ、成り行きなんだけど……



 僕らの通う『弾丸少年少女クラス』は、女子4人、男子3人の計7名。

 女子4人は初めから男子なんてアウト・オブ・眼中がんちゅうみたいで、休み時間は即集合してきゃっきゃとはしゃいでいる。服装もお仕着せのパンクファッションとは違ってイケてるらしく、貴金属だけじゃなく紫外線で光るウラン硝子をあしらっていたり、髪の毛が虹色だったりで、とにかくお洒落だ。革に鋲だとか銀製の髑髏を貼り付けただけの地味な男子はなんだか肩身が狭く、小休憩のたびに徐々に距離を詰めて、一言二言、話すようになって……終業間際には完全に仲良くなっていた。


 近くで見比べると二人とも僕より頭一つぶん背が小さい。

 自分がのっぽなのだと、僕ははじめて認識した。



 友達の一人はタケル。腕白って言葉がピッタリの五分刈りスキンヘッド。

 もう一人はリヴァイ。クールで僕より小難しい。入学する前は嫌われないかと心配したけれど、彼がいる限り僕の小難しさは目立たないはずである。



 なんだか、アマゾネス軍団から迫害される小市民が寄り集まっただけのような気もするけど、すごく楽しくて、女子が帰った後も下校ギリギリまでお喋りしていた。


 どうやら生まれも育ちもスチームパンクなのは僕だけのようで、

「おやじの世界感が定まらなくて色々な街を点々として最近ここにやってきた」

「地下空間に住んでいたけれど考える処があってね。ちなみに僕に親はいない」

 だそうだ。知らない世界が広がっていくようでワクワクする。

 

 







「そっかっ! 友達できたか。よかったな~ジュニア」

「うん」

 ふたりとも湯船の中で顔を真っ赤にしている。

 いつ約束したのか忘れたけれど、100まで数えるのが我が家のルールだ。


「75…………78……8……ひゃあ、もうだめじゃ~」

 幼女はぷりっとしたお尻を持ち上げて湯船を跨いだ。


「まだだよ」

「体が小さいと熱が籠もる。シャンプーしてあげるからジュニアもあがれ」

「いいよ。自分でやれるから」

「遠慮するなっ!」

 幼女は言い出すと聞かないので仕方なしにお風呂から出てバスチェアに座る。

 にゅる~とシャンプーが頭に落ちてきた。手が小さすぎて触られるとくすぐったいのだけれど、我慢して目を瞑る。座った僕の頭の高さと幼女が背伸びした高さが同じくらいで力が入っていない。洗われてるのか撫でられてるのか微妙な感じ。


「それでね、ちょっと自信なくしちゃった」

「どうして?」

「二人とも僕より物知りなんだ」

「なんの。賢さでジュニアが負けるはずがない」

「やっぱ僕は将来、トレジャーハンターになろうかな~」

「ほう? Pちゃんの工場で働くんじゃなかったのか?」

「さっきの話。ちょっと自信なくしたってのもあるけど、……Pおじさんを見てると大変そうなんだよね。研究者は陰気になりそうだよ」

「ふふ。ジュニアならなんだってやれるから好きなものになるといいよ」

「運動神経が鈍いからグラディエーターにはなれないよ」

「そんなことはない。剣術も筋がいいぞ」

「4歳のお母さんにも勝てないじゃないか」

「私は剣術しか知らない……から……それしか教えられない。教授が生きてればな」

「またその話? 『空を見上げても月は戻らない』よ。その人の写真だけでも残してくれてればよかったのに~お母さんの名前を考えた庇護者でしょ?」

「そうだ 」

「う~ん。全知全能の賢者に色々教わって、多芸は無芸の器用貧乏になるよりも……うんっ! 僕はトレジャーハンターになるっ!」

「そうか。それならアルフェスがもうすぐ旅から戻るから話を聞くといい」

「え!? アルフェスおじさん帰ってくるの?」

「うん。お昼頃、テルルから連絡があった」

「なんだぁ~僕が学校行ってる間に猫おばさん来てたの? 撫でたかったな~」

「毎回こねくりまわされるとテルルもいい迷惑だ」

「おじさん今回は長かったな~ねぇまた、お土産いっぱい持って来てくれるかな?」

「ジュニアがいい子にしてたから、おそらくパンクなプレゼントがどっさりだろう」





 




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