第31話
工場を覗くと銀色のピストンが激しく上下して、様々な色の糸が吐き出されるのが見えた。糸は瞬間的にガスバーナーの炎の中をくぐり、余計な毛羽立ちを焼き切って上部へと渦潮のように巻き上がる。そして蒸気式ロボットの最終チャックが入り選り分けられて別の工程に運ぶべく、天井に吸い込まれてゆく。
いつもの風景なんだけど、何かが生まれる瞬間ってのはやっぱ、圧巻だ。
よしっ僕も! 重たいリカーボトルを持ち直して二階の事務所に向かう。
「ん? ジュニアか?」
「そう。
「違うな。花梨はバラ科カリン属。マルメロはバラ科マルメロ属。そいつは正しくはマルメロ酒だ。なにごとも正確にな」
腕組みしてじっと硝子ケースを見つめたまま、いつもの講釈が始まる。
「
「いや食った。だけどこいつらは満腹だと糸をださない」
「蜘蛛の糸は餌を獲るための罠だもんね。お腹一杯なら獲物を捕まえる必要がない」
「そうだ。
こっちに振り向いて、僕の頭をガシガシしてから、リカーボトルを奪い取った。
「あんまり飲み過ぎるなってお母さんが」
「美味しくてつい飲み過ぎてしまいますって、セレンさんには言っといてくれ」
ミカンほどの大きさの丸い氷をグラスに入れ、酒を注いで、指でかき回す。
華やかな香りが鼻孔をくすぐる。「飲んでみるか?」僕は慌てて首を振った。
「学校はどうだ?」
「まだよくわからない。自己紹介して先生の話を聞いただけ」
「そっか」くぴっと、おじさんの喉が鳴る。
僕は硝子ケースを覗き込む。
「さっきの花梨とマルメロの違いと同じだ。蜘蛛には罠の網をかける種類もあれば、攻撃の時だけ使う種類もいる。投げ縄にして遠くの敵を攻撃したりお尻からちょっとだけ糸を伸ばして風に飛ばされ移動するなんてのもいる。同じように見えても自然と戦う方法はそれぞれに違う。学問ってのは曖昧にしちゃいけない」
この蜘蛛は罠を仕掛けるタイプ? それとも投げ縄をびゅいーんと放るタイプ?
「ジャパネスクで育った俺は、
「ほ?」(今でしょ?)
「ま、しっかり勉強しろってことだ」
そう言うと、また僕の頭をガシガシした。
もしかすると大昔のジャンボジェット機と蜘蛛の糸の
蜘蛛の糸は理論上、時速一千キロの飛行体さえ捕獲することが可能で、おじさんはそれよりも遙かに強力な糸で、流星をとっつかまえて、縛って固定して月にする……のか?
おじさんは酔うと人をけむに巻く癖がある。
いつものただの冗談なのだろう。
けどそんな時、おじさんは決まってなぜか思い詰めている。こんなに成功してるのに、まるでなにかに追われているようにオドオドと目を泳がせたりする。
僕は大人になっても、お酒は飲まないと決めている。尊敬はしててもそこは真似しない。科学者も発明家も工場長もお酒なんかに逃げずに真正面から現実に立ち向かうべきだと考えている。けどまぁ、大人って大変なんだろうな、とは思う。
ともかくお使いも終わったことだし、おじさんが酔っ払う前に帰ることにする。
・
・ プシュー
・
プ ・
シ ・ ギリ
ュ ・ メリ
ゥ ・
ゥ ・
ゥ ・ プシュー
ゥ ・
ゥ・ タク
ゥ・ チク ゴ
ゥ・ ・ ・ ・ ォ
ゥ・ ・ ・ ン
・ ・ ・ コンッ ・
・
プシュー ・
・
・ ブシュー
・
プシュー ・
・
後悔の岬♪ 誘惑の森♪
引き金を引き♪ 君を連れ去るいつわりの街(キラ)
(ミステリー♪ ミステリー♪ クレイジージャングルジャンキー♪)
地軸は傾く♪ 神は気まぐれ♪
落ちるのは誰♪ 置いてきぼりの街は
(サディスティック♪ サタデーナイト♪ クレイジージャングルジャンキー♪)
(イミテーションさ♪ スチームパンク♪ マジだぜ、ジャングルジャンキー♪)
家に帰ると、幼女二人がミカン箱に乗って騒音に近い大音量で熱唱していた。
デュエットしながら僕に手を振ってくる……とほほ。
世界感をまるっきり無視して玄関先でカラオケするなんて近所から苦情が来る。
また僕が謝ってまわらないといけない…………子供は子供で、結構大変なのだ。
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