第29話

「友達100人できたか!?」



 理想と現実との隙間の僅かなギャップに憂鬱の種は蒔かれる。そして子供の理想は往々にして親の過剰な期待そのものである。それに僕の家庭事情は可也ややこしい。

 全校生徒合わせても50人いないから友達100人作るのは不可能って現実よりもそれは高い塔となって僕の前に立ちはだかる。


 典型的な内弁慶の僕に対して、爛々と目を輝かせている幼女が期待しているのは、

秘密基地を作って友達100人と中国春秋戦国時代ごっこをする腕白な少年の姿で、キングダム(王国)の初代覇者で、どこかの太陽王みたいな活躍なのである。

「半ドンだから自己紹介しただけ」では、会話を終わらせてはくれない。



「ジュニアの頭が良いのにみんなびっくりしてただろ?」

 小難しいのは周囲が大人ばかりの環境で育ったからで、考えていることをそのまま口にしたら、多分、みんなから嫌われる……そんなのは頭が悪くてもわかる。


 白銀ネズミのとげとげの背中みたいに楊枝ようじが刺さった綿ガエルの卵の山がなくなるまで、幼女からの尋問はつづくのだ。







 僕の住むスチームパンク・シティーは、人口30万の小さな街。

 工場から吹き上がる蒸気で霧のロンドンみたいに白くて湿気の多い都市部、そして排出される熱で常に暖かくまるで絵本の世界に迷い込んだようなコッツウォルズ風の緑の多い住宅地。その二つを近場でぎゅっとオニギリみたく固めたような感じだ。

 因みに宗教は御法度。なぜなら我こそが神だと自称するマッドサイエンティストが人口の半数以上を占めているからである。


 僕の家は住宅地の外れ、表向きは石造りだけれども内部に超高性能断熱材が入った2階建て鉄筋コンクリートの一軒家。そこに僕は幼女と二人で暮らしている。

 庭にはホワイトパインとバラ科のマルメロの木が一本ずつ並んで生えていて、その下には芝生の上に置かれたプランターで幼女が様々な花を育てている。

 僕は秋に穫れるマルメロの実をまだ食べたことがない。果実は全部ウォッカに漬けられ花梨カリン酒になる。僕が二十歳なったら一緒に飲むのだそうだ。

 幼女は料理をほとんどしない。お酒造りと綿ガエルの卵を茹でる以外には使わないので、台所に料理道具は少なく埃が被ってある。なぜか隅の方に錠のかかった鳥用の保温ゲージが置いてあるけれども鳥はおらず、鍵はどこにあるのかもわからない。

 けれどテーブルだけはぴかぴかに磨いてあって食事はそこでする。料理は仕出しを請け負うギルドが届けてくれるのでなにも支障はなく、料金は庇護者のPおじさんが支払ってくれるので食べ放題だ。


 このように一階は極シンプルな作りで居間もお風呂もトイレも寝室も二階にある。

 それは万が一、街のボイラーが故障したときに凍死するのを避ける為で工場以外はどこの家も同じようなものらしい。

  

 なので簡易式のVRで映画を見たり、楽園テレビ保存会が提供する放送を見るのは二階のリビングのソファで、寝るまでは大抵、そこにいる。いつかは蒸気式のVRを科学者が開発するだろうから、それをとても楽しみに生きている。



「ゲフッ」

「ゲフッ」

 自己紹介の妄想をしている間に綿ガエルの卵の山が片付いて、同時にげっぷした。

 僕の釈明に幼女は一応満足した様子で、一緒に二階に上がり28世紀ごろ作られた古い映画をふたりで見た。だけど途中から眠くて内容は半分も覚えていない。


 寝室のベッドでウトウトしていると細くドアが開き直ぐ閉じた。枕を持った幼女が入ってきたのだろう。暗闇でもリフレクターの蓄光がぼわぁと淡い光を放っている。

 一人で寝られるのに、心配して時々こうやって僕のところにやってくる。

 幼女は服を着たまま眠るのでごつごつして痛いからやめて欲しいのだけれども……それも含めて、これが僕の複雑な家庭事情なのである。


 母親がどんどん若返って自分より年下になるなんて経験は、英国の特殊部隊ですら想像もできないだろう。けれどよそはよそうちはうち。どこの家にだってこれくらいの事情だとか隠し事なんてものはあるものさ。


 初登校と長いお喋りですっかり疲れきった僕はそのまま眠りに落ちるのだった。









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