第45話 

「ひえ~~~まじでクリケットできそうじゃん!!!」


 自分の額にチョップして、一番乗りしたタケルが叫ぶ。僕とリヴァイも後に続いた。心配していたが、入り口の一つ穴は歩いて程なくの場所にあった。


 やはりミニチュアなんかじゃない。タケルが的確に表現した通り内部は広々として天井も高く、ここは大人のピンクタワーであるらしい。入り口がすぐ見つかったのは偶々、近くに着陸したからなのだった。壁も床も天井もすべてがピンク一色である。


 こんな光景は見たことがない。なのにどこか懐かしいような? 不可思議な感覚に陥る。固くて無機質な床は、ペルシャ絨毯のようにしっくりと足の裏に馴染む。


「暖かいね」

 リヴァイが壁面を触りながら言った。


「そんなに気温が違う?」防寒用インナーを着込んでいるのであまり実感がない。

「驚くべき事に外気との差は20度。なのに壁面からは取り立てて熱が発生している形跡もない。スチームパンクシティー名物、高湿度金属サビサビ現象もなくて快適」

 リヴァイはどういうわけか、温度計と湿度計を持っている。


 彼はこのクエストに真剣に向き合っているのだと、僕は感じた。

 それには敬意を払わないといけないと思う。不都合な話題もそらせるし……


「壁が分厚いのに明るいのも変だよね」

「それはそうでもない。特定の照明だと余程の光量がないといけないけれど、恐らく全体的にごく微量の光を放ってるんだ。それより暖かいのが……」

「君が用意した防寒インナーと同じ構造なんじゃないの?」

「養い親が特注した地下空間でしか生産されていない最新式だよ? ありえない」

「うんまあ」

「それにこれは人間が作った構造物じゃない。ただの酵母菌なんだ」

 首を傾げてる。エネルギー源が海中の太陽だということまで知っていた彼も知識はまちまちで曖昧なようだ。リヴァイ~~ファイトっ!


 このピンクの壁は、重さ辺りの断熱性が最強レベルなのである。その仕組みは未だ解明されていない。おそらくは、マザーAIでさえも。一番の謎は大きな出入り口があるのに内部の温度が均一に保たれている点。Pおじさんが三年も研究したけれど、結論はでなかったそうだ。わかったのは室内を照らす微量の光沢は同時に熱を空気に伝えている。触れても気づかないほど緩やかにゆっくりと建物全体を対流している。



「お~い! おまえら何してんだ! 上にあがろうぜっ!」

 タケルがクリケットバットを振り回しながら僕たちを呼んだ。



「ふっ、タケルは屈託がないね。僕もあーなりたい。子供は子供らしく。人間の命が永遠だったとしても、太陽には寿命がある。すべてはいつか消えてなくなる。だから僕は決別するんだ。落伍者から未来の子に。普通の子供となって今を精一杯、大切に生きていく。もちろん、ピンクタワーに登ったところで何かが変わるわけじゃない。7年前、現役のパーティーメンバーがこぞって研究したのに何も得ることはなかった。結局は需要のなくなったグラディエーターにマザーAIがていよくあてがったトレジャーハントの休憩場所としての存在でしかない。そしてそれが偶然の役割なのか意図的に作られたものかそれさえも定かじゃない。けれど人間の存在にも同じことが言えるのじゃないだろうか。わからなくても行動するんだ。理屈じゃなく、僕はピンクタワーを体験し、この槍を突き刺すんだっ!」


 うん。いつにも増して小難しい。半分以上なに言ってるのかわからないっ!

 けれどリヴァイの横顔は真剣で、僕はそれを好ましく思う。

 友人としてだけでなく自分の母と同じ境遇を目指した彼の冒険を――とは言っても散歩して適当な場所に槍を突き刺すだけなんだろうけれど――応援したいと思う。


「協力するよっ! 多分、固すぎてどこにも刺さらないだろうから、絵の具を山盛りひねり出してそこに固定すれば暫くすると固まって刺さったように見えるさっ!」


「ありがとう、ジュニア。頼りになる。なにせ君は僕たち『弾丸少年少女クラス』における唯一の、キッス経験者だからねっ!」

 









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